RS2-014|歴史総合・日本史探究 対策問題
1871年ごろの日本と世界を結んだ通信の変化として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
長崎と上海・ウラジオストクが海底電信ケーブルで結ばれ、海外の情報が格段に速く届くようになった
背景・因果
1871年、海底電信ケーブルが長崎と上海・ウラジオストクを結び、日本は世界の電信網に接続された。ニュースが数か月から数日・数時間へ短縮され、外交や商取引の前提が変わった。
覚えるポイント
「情報の速度」はモノ・人の移動と並ぶ近代化の指標。ラジオ放送(1925年)や電話の普及とは時期を区別する。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「東京とロンドンの間に定期航空便が開設された」
定期航空便は航空機実用化後の20世紀に発達したもので、1871年には存在しない。当時の国際通信の画期は海底電信である。
② ❌ 誤答「電話が全国の農村まで普及した」
電話交換業務は1890年に東京・横浜で始まり、全国農村への普及はさらに後である。1871年の国際接続を電話普及で説明できない。
③ ❌ 誤答「無線放送が開始された」
日本のラジオ放送開始は1925年で、明治初期より半世紀以上後である。1871年に開始したのは有線の海底電信である。
④ ✅ 正解「長崎と上海・ウラジオストクが海底電信ケーブルで結ばれ、海外の情報が格段に速く届くようになった」
1871年に長崎から上海・ウラジオストクへ海底電信線が接続され、日本が国際電信網に入った。外交・商取引の情報到達時間を大幅に短縮した。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。