JT2-A33|歴史総合・日本史探究 対策問題
1019年の刀伊の入寇について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
女真族の集団が九州北部を襲い、大宰権帥藤原隆家らが撃退した
背景・因果
刀伊の入寇は、女真族(刀伊)の船団が対馬・壱岐・九州北部を襲った事件で、藤原隆家が在地武士を率いて撃退した。朝廷の軍事力ではなく現地武士の力が国土を守った。
覚えるポイント
元寇(13世紀)との混同がひっかけの定番。「都の貴族は恩賞に消極的だった」点も、武士と朝廷の関係を示す論点。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「女真族の集団が九州北部を襲い、大宰権帥藤原隆家らが撃退した」
1019年、女真族とされる刀伊が対馬・壱岐・九州北部を襲い、大宰権帥藤原隆家が在地武士を率いて撃退した。現地武士の軍事力を示す事件である。
② ❌ 誤答「元軍による最初の襲来である」
元軍の襲来は1274年の文永の役と1281年の弘安の役で、刀伊の入寇より約250年後である。襲来主体も女真族とモンゴル帝国で異なる。
③ ❌ 誤答「新羅の正規軍による侵攻である」
刀伊は新羅の正規軍ではなく、女真族を中心とする集団とされる。新羅は935年に滅亡しており、1019年には高麗の時代である。
④ ❌ 誤答「江戸時代の異国船来航事件である」
刀伊の入寇は平安中期の1019年で、江戸時代の異国船来航ではない。江戸後期のロシア船・欧米船来航との混同である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。