JT2-A32|歴史総合・日本史探究 対策問題
平将門の乱(935〜940年)について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
関東の大半を制圧して「新皇」と称したが、藤原秀郷らに討たれた
背景・因果
平将門は一族の争いから関東諸国の国府を攻め落とし、「新皇」と自称したが、藤原秀郷・平貞盛に討たれた。同時期の藤原純友の乱(西国・海賊)とあわせ承平・天慶の乱と呼ぶ。
覚えるポイント
乱を鎮めたのも武士だった点が核心。「武士の実力を朝廷が認識した事件」として、後の武士の台頭につながる。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「この乱により鎌倉幕府が成立した」
鎌倉幕府成立は12世紀末で、940年に終わった将門の乱から二世紀以上後である。乱後も朝廷の支配は続いた。
② ✅ 正解「関東の大半を制圧して「新皇」と称したが、藤原秀郷らに討たれた」
平将門は関東諸国の国府を制圧して「新皇」と称したが、940年に藤原秀郷・平貞盛らに討たれた。同時期の藤原純友の乱と合わせて承平・天慶の乱という。
③ ❌ 誤答「西国の海賊を率いた反乱である」
西国の海賊を率いて反乱したのは藤原純友である。平将門は関東を基盤としたため、二つの乱の地域と人物が逆である。
④ ❌ 誤答「朝廷への強訴として起こされた」
将門の乱は武力で国府を攻めた地方反乱で、寺社が神威を背景に朝廷へ要求する強訴ではない。主体・手段・目的が異なる。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。