JT2-A07|歴史総合・日本史探究 対策問題
527年に北九州で起こった磐井の乱について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
筑紫国造磐井が新羅と結んで起こした反乱で、ヤマト政権が鎮圧した
背景・因果
磐井の乱は、朝鮮半島への出兵に反発した筑紫国造磐井が新羅と結んで起こしたとされ、物部麁鹿火が鎮圧した。地方豪族への支配を強める画期となった。
覚えるポイント
乱後に屯倉が設置され、ヤマト政権の九州支配が強化された。「反乱→直轄地設置」という支配強化のパターンで覚える。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「蝦夷の族長が起こした反乱である」
磐井は北部九州の筑紫国造で、東北の蝦夷の族長ではない。蝦夷支配は多賀城や坂上田村麻呂など別の地域・時期の論点である。
② ❌ 誤答「百済がヤマト政権に対して起こした反乱である」
新羅との関係は伝えられるが、反乱主体は百済軍ではなく筑紫国造磐井という国内豪族である。朝鮮諸国と国内豪族の主体を取り違えている。
③ ❌ 誤答「乱の結果、ヤマト政権は崩壊した」
ヤマト政権は乱を鎮圧して屯倉を設けるなど九州支配を強めた。崩壊したのではなく、地方豪族への統制を進める契機となった。
④ ✅ 正解「筑紫国造磐井が新羅と結んで起こした反乱で、ヤマト政権が鎮圧した」
527年、筑紫国造磐井は新羅と結んだとされ、ヤマト政権の朝鮮出兵に抵抗した。物部麁鹿火が鎮圧し、乱後は九州支配が強化された。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。