JH-C1-03|歴史総合・日本史探究 対策問題
島原の乱(島原・天草一揆)の後に幕府がとった政策として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ポルトガル船の来航を禁止し、オランダ商館を長崎の出島へ移した
背景・因果
1637〜38年の島原の乱(天草四郎時貞を首領とする一揆)の後、幕府は1639年にポルトガル船の来航を禁止し、1641年に平戸のオランダ商館を出島へ移して、いわゆる「鎖国」の体制が固まった。絵踏や宗門改によるキリシタン統制も強化された。
覚えるポイント
核となる対応:「ポルトガル船の来航を禁止し、オランダ商館を長崎の出島へ移した」。島原・天草一揆後、幕府は1639年にポルトガル船の来航を禁じ、1641年にオランダ商館を平戸から出島へ移した。これにより四つの窓口を持つ対外関係の管理体制が固まった。
混同防止「キリスト教の布教を全面的に認めた」:幕府は乱をキリシタン勢力への警戒と結び付け、絵踏・宗門改など禁教政策を強化した。キリスト教布教を全面的に認めたのではない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「日本人の海外渡航を奨励した」
幕府は1630年代に日本人の海外渡航と帰国を禁じ、海外移住を奨励していない。朱印船貿易を進めた17世紀初頭との混同である。
② ✅ 正解「ポルトガル船の来航を禁止し、オランダ商館を長崎の出島へ移した」
島原・天草一揆後、幕府は1639年にポルトガル船の来航を禁じ、1641年にオランダ商館を平戸から出島へ移した。これにより四つの窓口を持つ対外関係の管理体制が固まった。
③ ❌ 誤答「キリスト教の布教を全面的に認めた」
幕府は乱をキリシタン勢力への警戒と結び付け、絵踏・宗門改など禁教政策を強化した。キリスト教布教を全面的に認めたのではない。
④ ❌ 誤答「スペインとの貿易を新たに開始した」
スペイン船の来航は島原の乱前の1624年に禁止されており、乱後に新たに貿易を始めていない。乱後に禁止された相手はポルトガルである。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。