JH-C1-02歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究C 近世の日本と世界(1) 近世への転換と歴史的環境

織田信長の統一事業について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

長篠の戦いで鉄砲を活用して武田勝頼の軍を破り、安土城を拠点とした

背景・因果

信長は桶狭間の戦い(1560年)で今川義元を破り、1573年に足利義昭を追放して室町幕府を滅ぼし、長篠の戦い(1575年)では鉄砲を大量に用いた。安土城下では楽市令を出し、延暦寺焼打ちや一向一揆との戦いなど宗教勢力には強硬だった。検地・刀狩の全国実施は秀吉。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「長篠の戦いで鉄砲を活用して武田勝頼の軍を破り、安土城を拠点とした」。織田信長は1575年の長篠の戦いで鉄砲隊を活用して武田勝頼軍を破り、翌年から安土城を築いた。軍事力と城下の経済政策を統一事業に結び付けた。

  • 混同防止「太閤検地と刀狩を全国で実施した」:全国的な太閤検地と刀狩を実施したのは豊臣秀吉である。信長も領国で検地を行ったが、『太閤』を冠する全国政策との人物対応が違う。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「江戸に幕府を開いた」
1603年に征夷大将軍となり江戸幕府を開いたのは徳川家康である。信長は安土を拠点とし、1582年の本能寺の変で倒れた。

② ❌ 誤答「延暦寺を保護し、仏教勢力と協調した」
信長は1571年に比叡山延暦寺を焼き打ちし、石山本願寺など一向一揆とも戦った。仏教勢力を一貫して保護・協調したという説明は逆である。

③ ✅ 正解「長篠の戦いで鉄砲を活用して武田勝頼の軍を破り、安土城を拠点とした」
織田信長は1575年の長篠の戦いで鉄砲隊を活用して武田勝頼軍を破り、翌年から安土城を築いた。軍事力と城下の経済政策を統一事業に結び付けた。

④ ❌ 誤答「太閤検地と刀狩を全国で実施した」
全国的な太閤検地と刀狩を実施したのは豊臣秀吉である。信長も領国で検地を行ったが、『太閤』を冠する全国政策との人物対応が違う。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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