JH-C1-05歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究C 近世の日本と世界(1) 近世への転換と歴史的環境

豊臣秀吉の対外政策について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 4

正解

バテレン追放令で宣教師の国外追放を命じる一方、貿易は奨励したため禁教は不徹底だった

背景・因果

秀吉は1587年、九州平定の際にバテレン追放令を出して宣教師の追放を命じたが、南蛮貿易は継続したため禁教は徹底しなかった。朝鮮出兵(文禄の役1592年・慶長の役1597年)は李舜臣の水軍や明の援軍に苦戦し、秀吉の死で撤兵、豊臣政権衰退の一因となった。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「バテレン追放令で宣教師の国外追放を命じる一方、貿易は奨励したため禁教は不徹底だった」。秀吉は1587年にバテレン追放令を出した一方、利益の大きい南蛮貿易は継続した。そのため宣教師も直ちには退去せず、禁教は当初徹底しなかった。

  • 混同防止「キリスト教の布教を全面的に自由化した」:秀吉は宣教師追放を命じ、1597年には日本二十六聖人を処刑した。キリスト教布教を全面自由化したのではない。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「キリスト教の布教を全面的に自由化した」
秀吉は宣教師追放を命じ、1597年には日本二十六聖人を処刑した。キリスト教布教を全面自由化したのではない。

② ❌ 誤答「ポルトガル・スペインとの貿易をすべて禁止した」
バテレン追放令後もポルトガルなどとの南蛮貿易は続けられた。宣教師規制と貿易禁止を同一視している点が誤りである。

③ ❌ 誤答「宣教師を保護し、自ら洗礼を受けた」
秀吉はキリスト教への警戒を強め、洗礼を受けて宣教師を保護した人物ではない。キリシタン大名の動向も統制対象とした。

④ ✅ 正解「バテレン追放令で宣教師の国外追放を命じる一方、貿易は奨励したため禁教は不徹底だった」
秀吉は1587年にバテレン追放令を出した一方、利益の大きい南蛮貿易は継続した。そのため宣教師も直ちには退去せず、禁教は当初徹底しなかった。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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