JH-C2-01|歴史総合・日本史探究 対策問題
江戸時代後期の地引網漁を描いた図1(上総九十九里)について述べた文として、最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る
正解: 4
正解
この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要増大があった
背景・因果
九十九里浜の地引網では鰯が大量に漁獲され、干鰯として上方の綿作・菜種作の金肥に供給された。網元・網子という経営形態も読み取れる。場所請負制は蝦夷地、俵物は俵物三品(いりこ・ほしあわび・ふかひれ)で別の話題。
覚えるポイント
図中の「網元」「網子」のラベルが経営形態のヒント。獲れた鰯の行き先(干鰯=金肥)まで連想できると完答できる。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「この地引網漁の網元は、場所請負制で経営を請け負った商人であった」
場所請負制は蝦夷地で商人がアイヌとの交易や漁場経営を請け負った制度である。九十九里の網元・網子による地引網経営とは地域も仕組みも異なる。
② ❌ 誤答「長崎貿易で俵物が輸出品となったことで、この地域の地引網漁は活況を呈した」
俵物は主にいりこ・干し鮑・ふかひれで、長崎貿易を通じて清へ輸出された。九十九里の鰯は主に国内の商品作物用肥料である干鰯に加工された。
③ ❌ 誤答「この地域に網漁法をもたらしたのは東北地方の漁民であった」
九十九里浜の大規模な鰯漁には、江戸時代初期に進出した紀伊地方の漁民が伝えた網漁法が影響した。東北地方の漁民がもたらしたという地域対応が誤りである。
④ ✅ 正解「この地域で地引網漁が発達した背景には、肥料としての干鰯の需要増大があった」
綿・菜種などの商品作物栽培が広がると、金肥である干鰯の需要が増えた。九十九里浜の大量の鰯を利用する地引網漁は、この国内需要を背景に発達した。
共通テスト攻略
- 資料を先に観察:題名・年代・作成者・注記・凡例・単位を確認し、資料に直接示された事実と、知識から推測した内容を分ける。
- 既習事項と接続:資料中の固有名詞・制度・数量の変化を手掛かりに、同時代の政治・社会・対外関係へ結び付ける。資料にないことを印象だけで補わない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。