JH-B1-03歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究B 中世の日本と世界(1) 中世への転換と歴史的環境

承久の乱(1221年)の結果として最も適切なものはどれか。

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正解: 3

正解

幕府が勝利して京都に六波羅探題を置き、幕府の支配が西国へも広がった

背景・因果

後鳥羽上皇が北条義時追討の兵を挙げたが、東国武士は源頼朝の恩を説く北条政子の呼びかけで結束し、幕府が圧勝した。上皇は隠岐へ流され、京都に六波羅探題が設置され、上皇方の所領には新たに地頭(新補地頭)が置かれて幕府の支配が西国に及んだ。公武関係の画期として最頻出。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「幕府が勝利して京都に六波羅探題を置き、幕府の支配が西国へも広がった」。承久の乱で幕府が朝廷側に勝つと、京都に六波羅探題を置いて朝廷を監視し、上皇方の所領に新補地頭を配置した。幕府支配が西国へ伸びた画期である。

  • 混同防止「後鳥羽上皇が勝利し、鎌倉幕府は滅亡した」:後鳥羽上皇側は敗れ、上皇は隠岐へ流された。鎌倉幕府の滅亡は承久の乱ではなく、後醍醐天皇方に敗れた1333年である。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「幕府と朝廷の力関係は乱の前後で変わらなかった」
乱後は幕府が朝廷に対して優位に立ち、西国への支配も拡大した。公武の力関係が変化しなかったという説明は結果を捉えていない。

② ❌ 誤答「乱の後、守護・地頭が廃止された」
守護・地頭は廃止されず、上皇方没収地には新たに新補地頭が置かれた。幕府の地方支配はむしろ拡大した。

③ ✅ 正解「幕府が勝利して京都に六波羅探題を置き、幕府の支配が西国へも広がった」
承久の乱で幕府が朝廷側に勝つと、京都に六波羅探題を置いて朝廷を監視し、上皇方の所領に新補地頭を配置した。幕府支配が西国へ伸びた画期である。

④ ❌ 誤答「後鳥羽上皇が勝利し、鎌倉幕府は滅亡した」
後鳥羽上皇側は敗れ、上皇は隠岐へ流された。鎌倉幕府の滅亡は承久の乱ではなく、後醍醐天皇方に敗れた1333年である。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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