JT2-B02|歴史総合・日本史探究 対策問題
1213年の和田合戦の結果として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
北条義時が侍所別当を兼ね、政所と合わせて幕政の実権を握った
背景・因果
和田合戦で侍所別当の和田義盛が滅ぼされ、北条義時が政所と侍所の両別当を兼ねて執権の地位を固めた。比企氏の乱・和田合戦・宝治合戦と、北条氏は他氏排斥を重ねた。
覚えるポイント
藤原氏の他氏排斥(古代)と北条氏の他氏排斥(中世)を並べる比較問題が出る。権力確立の型として覚える。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「和田義盛が執権に就任した」
和田義盛は合戦に敗れて一族とともに滅び、執権に就任していない。勝者の北条義時が侍所を掌握したため、結果が逆である。
② ❌ 誤答「源氏将軍が復活した」
源氏将軍は実朝が1219年に暗殺されるまで続き、和田合戦を契機に復活したのではない。合戦後に強まったのは将軍家ではなく北条氏の権力である。
③ ❌ 誤答「幕府が京都へ移転した」
鎌倉幕府の政庁は鎌倉にとどまり、京都へ移転していない。京都には承久の乱後に六波羅探題が置かれたが、それは幕府本体の移転ではない。
④ ✅ 正解「北条義時が侍所別当を兼ね、政所と合わせて幕政の実権を握った」
1213年の和田合戦で侍所別当和田義盛が滅び、北条義時は政所別当に加えて侍所別当も兼ねた。軍事・警察と政務を掌握し、執権北条氏の実権が強まった。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。