WT4-A27|歴史総合・世界史探究 対策問題
オーストラリアについて述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
イギリスの流刑植民地として出発し、金鉱発見後は移民が急増して白豪主義がとられた
この問題のポイント
オーストラリアの植民の歴史を問う問題。「流刑植民地として出発→ゴールドラッシュで移民急増→白豪主義」という3段階の流れを押さえる。
解説
オーストラリア大陸には、数万年前から先住民アボリジニが独自の文化を営んでいた。18世紀後半、クックの探検を経てイギリスが領有を宣言し、1788年から流刑植民地として植民が始まった。アメリカ独立で流刑先を失ったイギリスが、代わりの送り先としたのである。
植民の拡大とともにアボリジニは土地を奪われ、暴力や持ち込まれた疫病によって人口が激減した。
転機は1851年の金鉱発見である。ゴールドラッシュが起こると、一攫千金を求めて世界中から移民が殺到し、人口は数年で数倍にふくらんだ。そのなかには多数の中国系移民も含まれており、白人労働者との摩擦が深刻化した。
この反発から、白人以外の移民を事実上締め出す白豪主義の政策が形成され、1901年のオーストラリア連邦成立時には移民制限法として制度化された。白豪主義が撤廃されて多文化主義へ転換するのは、1970年代のことである。移民の管理と排斥は、現代につながる歴史総合の重要テーマである。
ひっかけポイント
「ゴールドラッシュ→アジア系移民の増加→白豪主義」という因果の順序が核心で、白豪主義が先にあったのではない。宗主国はフランスではなくイギリス、先住民アボリジニの存在も忘れない。
選択肢の確認
①「先住民は存在しなかった」
❌ 誤り。
先住民アボリジニが古くから居住しており、植民により土地を奪われて人口が激減した。
②「20世紀まで外部との接触がなかった」
❌ 誤り。
18世紀にはイギリスの探検と入植が始まっており、20世紀まで外部との接触がなかったという記述は事実に反する。
③「イギリスの流刑植民地として出発し、金鉱発見後は移民が急増して白豪主義がとられた」
✅ 正しい。
正解。18世紀末にイギリスの流刑植民地として始まり、1850年代の金鉱発見で移民が急増すると、白人以外の移民を制限する白豪主義がとられた。
④「フランスの植民地として開発された」
❌ 誤り。
オーストラリアを植民地としたのはイギリスであり、フランスではない。フランスが領有したのはニューカレドニアなどである。
覚えるポイント
- オーストラリアは1788年からイギリスの流刑植民地
- 1851年ゴールドラッシュ→中国系など移民急増→白豪主義
- 白豪主義は1970年代に撤廃され多文化主義へ転換
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。