JH-C3-02|歴史総合・日本史探究 対策問題
近世の城郭についての記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
一国一城令により、大名の居城以外の城は原則として破却された
背景・因果
1615年の一国一城令で支城が破却され、武家諸法度は城の新築を禁じ修築も届出制とした。織豊期以降は交通・経済の要地に平城・平山城が築かれ、壮大な天守は大名の権威の象徴でもあった。
覚えるポイント
核となる対応:「一国一城令により、大名の居城以外の城は原則として破却された」。江戸幕府は1615年の一国一城令で、大名の居城を除く支城を原則として破却させた。大名の軍事力を抑え、支配を統制する政策である。
混同防止「武家諸法度では城の修築が自由に認められていた」:武家諸法度は新しい城の築城を禁じ、既存の城を修理する場合にも幕府への届出・許可を求めた。修築が自由だったわけではない。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「一国一城令により、大名の居城以外の城は原則として破却された」
江戸幕府は1615年の一国一城令で、大名の居城を除く支城を原則として破却させた。大名の軍事力を抑え、支配を統制する政策である。
② ❌ 誤答「武家諸法度では城の修築が自由に認められていた」
武家諸法度は新しい城の築城を禁じ、既存の城を修理する場合にも幕府への届出・許可を求めた。修築が自由だったわけではない。
③ ❌ 誤答「織豊期の城は山城が中心で、平城・平山城は築かれなかった」
織豊期には安土城や大坂城など、政治・交通・経済の中心となる平山城・平城が盛んに築かれた。山城だけだったという説明は誤りである。
④ ❌ 誤答「天守は防御専用の施設で、権威を示す役割はなかった」
天守には軍事・監視上の機能だけでなく、城主の権力と威信を視覚的に示す象徴的役割もあった。防御専用とはいえない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。