JH-D3-11|歴史総合・日本史探究 対策問題
大正デモクラシーの理論について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
吉野作造は民本主義を唱えて普通選挙と政党内閣を主張し、美濃部達吉は天皇機関説を唱えた
背景・因果
吉野作造の民本主義は、主権の所在を問わず政治の目的を民衆の利福に置き、普通選挙と政党内閣を求めた(大日本帝国憲法下で実現可能な民主化論)。美濃部達吉の天皇機関説は統治権は国家にあり天皇はその最高機関とする学説で、当時は通説だったが1935年の国体明徴声明で否定される。
覚えるポイント
核となる対応:「吉野作造は民本主義を唱えて普通選挙と政党内閣を主張し、美濃部達吉は天皇機関説を唱えた」。吉野作造は民本主義から普通選挙・政党内閣を主張し、美濃部達吉は国家を統治権主体とする天皇機関説を唱えた。人物と理論の対応が正しい。
混同防止「吉野作造は天皇機関説を、美濃部達吉は民本主義を唱えた」:民本主義は吉野作造、天皇機関説は美濃部達吉である。二人の学説を入れ替えている。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「吉野作造は天皇機関説を、美濃部達吉は民本主義を唱えた」
民本主義は吉野作造、天皇機関説は美濃部達吉である。二人の学説を入れ替えている。
② ❌ 誤答「民本主義は主権が国民にあることを明記する主張だった」
民本主義は帝国憲法下の天皇主権を前提に、政治目的を民衆の利益に置く主張だった。国民主権を明記する人民主権論とは区別される。
③ ❌ 誤答「天皇機関説は昭和期に入って初めて唱えられた」
天皇機関説は明治末から大正期に美濃部達吉が体系化し、当時の憲法学説の通説となった。昭和期に初めて現れたのではなく、1935年に弾圧された。
④ ✅ 正解「吉野作造は民本主義を唱えて普通選挙と政党内閣を主張し、美濃部達吉は天皇機関説を唱えた」
吉野作造は民本主義から普通選挙・政党内閣を主張し、美濃部達吉は国家を統治権主体とする天皇機関説を唱えた。人物と理論の対応が正しい。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。