RS2-010|歴史総合・日本史探究 対策問題
ナポレオン戦争後のウィーン体制について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
革命前の秩序の回復を原則としたが、自由主義・国民主義の運動に揺さぶられた
背景・因果
ウィーン体制(1815年〜)は正統主義を掲げて革命前の王政秩序の回復を図ったが、各地の自由主義・国民主義運動(七月革命・二月革命)で崩れていった。
覚えるポイント
「抑え込む体制」と「噴き出す運動」の対抗関係で捉える。1848年の諸革命で事実上崩壊した。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「各国の民主化を積極的に推進する体制だった」
ウィーン体制は各国の民主化を促進せず、神聖同盟・四国同盟などで革命運動を抑圧した。自由主義者から見れば対抗すべき保守体制だった。
② ❌ 誤答「アジア諸国も加わった世界規模の同盟だった」
会議を主導したのはオーストリア・ロシア・プロイセン・イギリスなどヨーロッパ列強で、アジア諸国を含む世界規模の同盟ではない。
③ ❌ 誤答「この体制の下でフランス革命が起こった」
フランス革命は1789年、ナポレオン戦争後のウィーン体制成立は1815年である。革命の拡大を受けて旧秩序を再建したので、前後関係が逆である。
④ ✅ 正解「革命前の秩序の回復を原則としたが、自由主義・国民主義の運動に揺さぶられた」
1815年のウィーン会議は正統主義・勢力均衡により革命前の王朝秩序を回復しようとした。しかし自由主義・国民主義運動が続き、1848年革命で体制は大きく崩れた。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。