JT2-D07|歴史総合・日本史探究 対策問題
日露戦争後の桂園時代の説明として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担い、政治が比較的安定した
背景・因果
1901〜13年、藩閥・陸軍系の桂太郎と立憲政友会総裁西園寺公望が交互に組閣した(桂園時代)。藩閥と政党の妥協の均衡は、大正政変で崩れる。
覚えるポイント
「情意投合」と呼ばれた提携の性格と、その崩壊(第一次護憲運動)までを一続きで問う形式が多い。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「桂太郎と西園寺公望が交互に政権を担い、政治が比較的安定した」
桂園時代は桂太郎と立憲政友会総裁西園寺公望が交互に組閣した1900年代後半から1910年代初めを指す。藩閥と政党の妥協で比較的安定した。
② ❌ 誤答「軍部が直接政権を握った時代である」
桂は陸軍・官僚系だったが、西園寺は政党政治家で、軍部が一貫して直接政権を独占した時代ではない。
③ ❌ 誤答「政党がすべて解散した時代である」
立憲政友会など政党が議会と内閣運営に重要な役割を持った。政党がすべて解散するのは1940年の新体制運動期である。
④ ❌ 誤答「天皇が親政を行った時代である」
天皇が自ら日常政務を行う親政ではなく、憲法下で内閣が政治を担った。桂・西園寺という首相名が時代名の由来である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。