JH-D2-07|歴史総合・日本史探究 対策問題
日露戦争の講和条約であるポーツマス条約(1905年)について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
賠償金が得られなかったため、講和に反対する日比谷焼打ち事件が起こった
背景・因果
ポーツマス条約(アメリカのセオドア・ローズヴェルトの仲介)で日本は韓国の指導権、旅順・大連の租借権、長春以南の鉄道(のち南満州鉄道)、北緯50度以南の樺太を得たが、賠償金はなかった。増税に耐えた国民の不満が日比谷焼打ち事件として爆発した。下関条約との対比が頻出。
覚えるポイント
核となる対応:「賠償金が得られなかったため、講和に反対する日比谷焼打ち事件が起こった」。ポーツマス条約では日本が賠償金を得られず、戦費と増税に耐えた国民の期待との落差から日比谷焼打ち事件が起こった。下関条約では賠償金を得たこととの対比が重要である。
混同防止「巨額の賠償金を得て、国民は講和を歓迎した」:ロシアは賠償金支払いを拒み、日本も戦争継続が困難だったため賠償金なしで講和した。巨額賠償金を得て歓迎されたという説明は下関条約との混同である。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「巨額の賠償金を得て、国民は講和を歓迎した」
ロシアは賠償金支払いを拒み、日本も戦争継続が困難だったため賠償金なしで講和した。巨額賠償金を得て歓迎されたという説明は下関条約との混同である。
② ❌ 誤答「日本は韓国における優越権を放棄した」
ロシアは日本が韓国で持つ政治・軍事・経済上の優越権を認めた。日本がこれを放棄したのではなく、韓国支配を強める条件となった。
③ ❌ 誤答「樺太の全島がロシア領と確定した」
日本が得たのは北緯50度以南の南樺太で、北樺太はロシア領に残った。樺太全島がロシア領と確定したわけではない。
④ ✅ 正解「賠償金が得られなかったため、講和に反対する日比谷焼打ち事件が起こった」
ポーツマス条約では日本が賠償金を得られず、戦費と増税に耐えた国民の期待との落差から日比谷焼打ち事件が起こった。下関条約では賠償金を得たこととの対比が重要である。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。