JH-D2-08|歴史総合・日本史探究 対策問題
条約改正の過程について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
鹿鳴館外交への批判やノルマントン号事件を経て、陸奥宗光が領事裁判権撤廃、小村寿太郎が関税自主権回復を実現した
背景・因果
井上馨の鹿鳴館に象徴される欧化政策と外国人判事任用案は世論の反発を招き、ノルマントン号事件(1886年)は領事裁判の不当さを痛感させた。陸奥宗光が1894年(日英通商航海条約)に領事裁判権撤廃、小村寿太郎が1911年に関税自主権回復を実現。順序の入れ替えがひっかけの定番。
覚えるポイント
核となる対応:「鹿鳴館外交への批判やノルマントン号事件を経て、陸奥宗光が領事裁判権撤廃、小村寿太郎が関税自主権回復を実現した」。条約改正は欧化政策への反発やノルマントン号事件を経て進み、陸奥宗光が1894年に領事裁判権撤廃、小村寿太郎が1911年に関税自主権回復を実現した。順序と人物が正しい。
混同防止「岩倉使節団の交渉で条約改正はすべて完了した」:岩倉使節団の予備交渉は、日本の法制度未整備や全権委任の問題などから成功しなかった。条約改正完了はその後数十年を要した。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「関税自主権の回復が先で、領事裁判権の撤廃が後だった」
領事裁判権撤廃を定めた条約が1894年、関税自主権の完全回復が1911年である。関税自主権が先という順序は逆である。
② ❌ 誤答「条約改正は大正時代まで一切進まなかった」
領事裁判権撤廃も関税自主権回復も明治時代に実現した。大正時代まで一切進まなかったという年代設定は誤りである。
③ ✅ 正解「鹿鳴館外交への批判やノルマントン号事件を経て、陸奥宗光が領事裁判権撤廃、小村寿太郎が関税自主権回復を実現した」
条約改正は欧化政策への反発やノルマントン号事件を経て進み、陸奥宗光が1894年に領事裁判権撤廃、小村寿太郎が1911年に関税自主権回復を実現した。順序と人物が正しい。
④ ❌ 誤答「岩倉使節団の交渉で条約改正はすべて完了した」
岩倉使節団の予備交渉は、日本の法制度未整備や全権委任の問題などから成功しなかった。条約改正完了はその後数十年を要した。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。