JH-D3-15|歴史総合・日本史探究 対策問題
太平洋戦争開戦(1941年12月)に至る過程として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
南部仏印進駐に対しアメリカが石油の対日輸出を禁止し、日米交渉が決裂して開戦に至った
背景・因果
1941年7月の南部仏印進駐に対し、アメリカは在米日本資産凍結と対日石油輸出禁止で応じた。野村・ハル間の日米交渉は続いたが、中国からの撤兵などを求めるハル・ノートを最後通牒と受け止めた日本は、12月8日に真珠湾攻撃・マレー半島上陸で開戦した。経済制裁と開戦の因果が核心。
覚えるポイント
核となる対応:「南部仏印進駐に対しアメリカが石油の対日輸出を禁止し、日米交渉が決裂して開戦に至った」。1941年の南部仏印進駐に対しアメリカが資産凍結と石油輸出禁止を行い、日米交渉も決裂した。日本は12月に真珠湾攻撃とマレー半島上陸で開戦した。
混同防止「アメリカが先に日本本土を攻撃したため開戦した」:アメリカが日本本土を先に攻撃したのではなく、日本軍が真珠湾などを先制攻撃した。背景には中国・仏印からの撤兵をめぐる外交対立がある。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「アメリカが先に日本本土を攻撃したため開戦した」
アメリカが日本本土を先に攻撃したのではなく、日本軍が真珠湾などを先制攻撃した。背景には中国・仏印からの撤兵をめぐる外交対立がある。
② ❌ 誤答「石油の輸入が順調だったため、経済的な対立はなかった」
対日石油輸出禁止によって日本の石油備蓄枯渇への危機感が高まり、経済的対立は開戦判断の重要要因となった。輸入が順調だったわけではない。
③ ❌ 誤答「日米交渉は行われないまま突然開戦した」
野村吉三郎・ハル国務長官間などで日米交渉は継続され、ハル・ノートをめぐって最終的に決裂した。交渉なしの突然の開戦ではない。
④ ✅ 正解「南部仏印進駐に対しアメリカが石油の対日輸出を禁止し、日米交渉が決裂して開戦に至った」
1941年の南部仏印進駐に対しアメリカが資産凍結と石油輸出禁止を行い、日米交渉も決裂した。日本は12月に真珠湾攻撃とマレー半島上陸で開戦した。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。