JH-D1-08|歴史総合・日本史探究 対策問題
王政復古の大号令(1867年12月)について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
幕府と摂政・関白を廃止して新政府の樹立を宣言し、直後の小御所会議で徳川慶喜に辞官納地を求めた
背景・因果
大政奉還(1867年10月)の後、討幕派は王政復古の大号令で摂関・幕府の廃止と天皇中心の新政府樹立を宣言し、小御所会議で慶喜に内大臣辞退と領地返上(辞官納地)を決定した。これに反発する旧幕府側との鳥羽・伏見の戦いから戊辰戦争が始まる。
覚えるポイント
核となる対応:「幕府と摂政・関白を廃止して新政府の樹立を宣言し、直後の小御所会議で徳川慶喜に辞官納地を求めた」。大政奉還後、王政復古の大号令は幕府と摂政・関白を廃止して新政府樹立を宣言した。小御所会議では徳川慶喜の辞官納地が決定された。
混同防止「徳川慶喜を新政府の初代首相に任命した」:徳川慶喜は新政府の初代首相に任命されず、辞官納地を要求された。新政府から排除する動きが旧幕府側との衝突を招いた。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「徳川慶喜を新政府の初代首相に任命した」
徳川慶喜は新政府の初代首相に任命されず、辞官納地を要求された。新政府から排除する動きが旧幕府側との衝突を招いた。
② ❌ 誤答「大政奉還より前に出された宣言である」
大政奉還は1867年10月、王政復古の大号令は同年12月である。大号令は大政奉還後の政治主導権をめぐる動きだった。
③ ❌ 誤答「この宣言により江戸幕府が新たに開かれた」
大号令は江戸幕府の廃止を宣言するもので、新しい幕府を開く宣言ではない。天皇中心の新政府樹立を掲げた。
④ ✅ 正解「幕府と摂政・関白を廃止して新政府の樹立を宣言し、直後の小御所会議で徳川慶喜に辞官納地を求めた」
大政奉還後、王政復古の大号令は幕府と摂政・関白を廃止して新政府樹立を宣言した。小御所会議では徳川慶喜の辞官納地が決定された。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。