JH-D1-09歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究D 近現代の地域・日本と世界(1) 近代への転換と歴史的環境

明治六年の政変(1873年)について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 3

正解

征韓論をめぐる対立で西郷隆盛・板垣退助らが政府を去り、その後の士族反乱や自由民権運動の出発点となった

背景・因果

遣韓使節の派遣をめぐり、内治優先を唱える岩倉具視・大久保利通ら(岩倉使節団帰国組)が西郷隆盛らの派遣を中止させ、西郷・板垣退助・江藤新平らが下野した。板垣は翌年民撰議院設立の建白書(自由民権運動へ)、西郷は西南戦争(1877年)へ、という分岐点として最重要。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「征韓論をめぐる対立で西郷隆盛・板垣退助らが政府を去り、その後の士族反乱や自由民権運動の出発点となった」。征韓論をめぐり西郷隆盛・板垣退助・江藤新平らが政府を去り、板垣は自由民権運動、西郷らは士族反乱へ向かった。1873年の重要な分岐点である。

  • 混同防止「西郷隆盛が政府の実権を握った政変である」:西郷隆盛は政変で実権を握ったのではなく、遣韓使節案を退けられて下野した。のちに西南戦争へ至る。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「この政変で大久保利通が政府を去った」
大久保利通は内治優先を唱えて政府に残り、その後の殖産興業などを主導した。政府を去ったのは西郷・板垣ら征韓派である。

② ❌ 誤答「征韓論が実行され、朝鮮への出兵が行われた」
征韓論は政府内で退けられ、1873年に朝鮮出兵は行われなかった。その後、日本は1876年の日朝修好条規で朝鮮を開国させた。

③ ✅ 正解「征韓論をめぐる対立で西郷隆盛・板垣退助らが政府を去り、その後の士族反乱や自由民権運動の出発点となった」
征韓論をめぐり西郷隆盛・板垣退助・江藤新平らが政府を去り、板垣は自由民権運動、西郷らは士族反乱へ向かった。1873年の重要な分岐点である。

④ ❌ 誤答「西郷隆盛が政府の実権を握った政変である」
西郷隆盛は政変で実権を握ったのではなく、遣韓使節案を退けられて下野した。のちに西南戦争へ至る。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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