JH-D2-01|歴史総合・日本史探究 対策問題
明治期の産業と社会について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
松方財政のデフレ政策により、自作農の没落と小作地の増加が進んだ
背景・因果
松方デフレは米価下落を招き、農民の土地喪失と寄生地主制の進展をもたらした。官営模範工場(富岡製糸場など)は殖産興業の中核。足尾鉱毒事件では田中正造らの運動が起こり、日清戦争後に紡績業は輸出産業へ成長した。
覚えるポイント
核となる対応:「松方財政のデフレ政策により、自作農の没落と小作地の増加が進んだ」。松方財政の緊縮によるデフレで米価が下落すると、困窮した農民が土地を手放した。地主への土地集中と小作地増加が寄生地主制の進展につながった。
混同防止「官営模範工場は設立されず、民間工場のみが近代化を担った」:明治政府は殖産興業政策の一環として富岡製糸場などの官営模範工場を設立し、後に民間へ払い下げた。民間工場だけが近代化を担ったのではない。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「日清戦争後も紡績業は輸出産業に成長しなかった」
機械制紡績業は日清戦争前後に急成長し、輸入綿花を原料に綿糸をアジア市場へ輸出する主要産業となった。輸出産業化しなかったという説明は逆である。
② ✅ 正解「松方財政のデフレ政策により、自作農の没落と小作地の増加が進んだ」
松方財政の緊縮によるデフレで米価が下落すると、困窮した農民が土地を手放した。地主への土地集中と小作地増加が寄生地主制の進展につながった。
③ ❌ 誤答「官営模範工場は設立されず、民間工場のみが近代化を担った」
明治政府は殖産興業政策の一環として富岡製糸場などの官営模範工場を設立し、後に民間へ払い下げた。民間工場だけが近代化を担ったのではない。
④ ❌ 誤答「足尾鉱毒事件は産業発展と環境問題の関わりを示すが、住民運動は起こらなかった」
足尾鉱毒事件では被害農民の請願・押出しや、田中正造の議会活動・天皇への直訴などが展開された。住民運動がなかったという説明は誤りである。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。