JH-D2-05歴史総合・日本史探究 対策問題

日本史探究D 近現代の地域・日本と世界(2) 歴史資料と近代の展望

西南戦争(1877年)について述べた記述として最も適切なものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 2

正解

西郷隆盛を擁した最大の士族反乱で、徴兵制による政府軍に鎮圧された

背景・因果

特権を奪われた士族の不満を背景に、西郷隆盛を擁して起こった最大の士族反乱が西南戦争である。徴兵制で組織された政府軍が鎮圧し、武力反抗の時代は終わって、不満は言論による自由民権運動へ向かった。「武力から言論へ」という転換が問われるポイント。

覚えるポイント

  • 核となる対応:「西郷隆盛を擁した最大の士族反乱で、徴兵制による政府軍に鎮圧された」。1877年の西南戦争は西郷隆盛を擁する鹿児島士族を中心とした最大の士族反乱で、徴兵制による政府軍が鎮圧した。近代的な国民軍の優位を示す画期となった。

  • 混同防止「板垣退助が起こした自由民権運動の武力蜂起である」:板垣退助は民撰議院設立建白書の提出や立志社結成など自由民権運動を進めた人物で、西南戦争の武力蜂起を指導していない。反乱の中心は西郷隆盛である。

選択肢別の検討

① ❌ 誤答「この後も大規模な士族の武力反乱が続発した」
西南戦争を最後に大規模な士族の武力反乱は終息し、政府への不満は自由民権運動など言論・政治運動へ移った。反乱が続発したという説明は逆である。

② ✅ 正解「西郷隆盛を擁した最大の士族反乱で、徴兵制による政府軍に鎮圧された」
1877年の西南戦争は西郷隆盛を擁する鹿児島士族を中心とした最大の士族反乱で、徴兵制による政府軍が鎮圧した。近代的な国民軍の優位を示す画期となった。

③ ❌ 誤答「板垣退助が起こした自由民権運動の武力蜂起である」
板垣退助は民撰議院設立建白書の提出や立志社結成など自由民権運動を進めた人物で、西南戦争の武力蜂起を指導していない。反乱の中心は西郷隆盛である。

④ ❌ 誤答「戦いは政府軍の敗北に終わった」
政府軍が勝利し、西郷隆盛は城山で自決した。戦争は士族軍ではなく政府軍の勝利で終わった。

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

JH-D2-01JH-D2-06