RS-A1-03|歴史総合・日本史探究 対策問題
「学校」を手がかりに近代化を考えるとき、明治期の学校制度が果たした役割として最も適切なものはどれか。
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正解: 1
正解
同じ教科書・同じ時間割で学ばせることで、共通の知識と時間規律をもつ「国民」を育てた
背景・因果
学制(1872年)以降の学校は、読み書きだけでなく時間割による規律や共通の国語・歴史を教え、国民国家の統合を支えた。就学率は当初低く、授業料負担への反対一揆も起こったが、日露戦争前後にはほぼ全児童が就学するようになった。
覚えるポイント
核となる対応:「同じ教科書・同じ時間割で学ばせることで、共通の知識と時間規律をもつ「国民」を育てた」。1872年の学制以後、学校は共通の教科内容や時間割を通して知識と時間規律を広め、国民国家を支える人々を育成した。初期には就学率の低さや授業料への反発もあったが、制度は全国化していった。
混同防止「学校は身分ごとに分かれ、身分制度を強化する役割を果たした」:明治政府は四民平等を掲げ、身分別の教育を固定するのではなく全国的な学校制度を整えた。学校種や進学機会の差は存在したが、旧来の身分制度強化が制度の役割ではない。
選択肢別の検討
① ✅ 正解「同じ教科書・同じ時間割で学ばせることで、共通の知識と時間規律をもつ「国民」を育てた」
1872年の学制以後、学校は共通の教科内容や時間割を通して知識と時間規律を広め、国民国家を支える人々を育成した。初期には就学率の低さや授業料への反発もあったが、制度は全国化していった。
② ❌ 誤答「学校は身分ごとに分かれ、身分制度を強化する役割を果たした」
明治政府は四民平等を掲げ、身分別の教育を固定するのではなく全国的な学校制度を整えた。学校種や進学機会の差は存在したが、旧来の身分制度強化が制度の役割ではない。
③ ❌ 誤答「学校教育は都市部に限られ、農村には一切広がらなかった」
農村でも小学校設置と就学が進められ、当初の低就学率も日露戦争前後には大きく上昇した。「都市部に限られ、農村には一切広がらなかった」という全称表現が誤りである。
④ ❌ 誤答「教育内容はすべて地域の自由に任され、国は関与しなかった」
学制・教育令・学校令などを政府が定め、検定・国定教科書を通じて教育内容にも関与した。地域に一定の運用差はあっても、すべてを地域の自由に任せたわけではない。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。