JT3-D04|歴史総合・日本史探究 対策問題
1867年10月、15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上した出来事を何というか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
大政奉還
背景・因果
土佐藩の建白を受け、15代将軍徳川慶喜は1867年10月14日、政権を朝廷に返上する大政奉還を行った。新政権でも徳川家が主導権を保てると見込んだ動きだったが、同年12月9日、討幕派は王政復古の大号令で幕府と摂関の廃止を宣言し、小御所会議で慶喜に辞官納地を命じて対決姿勢を鮮明にした。
覚えるポイント
「大政奉還(慶喜の先手)」と「王政復古(討幕派の巻き返し)」は2カ月の間の駆け引きとして対で問われる。討幕の密勅が大政奉還と同日に出ていた事実も資料問題の素材。
選択肢別の検討
① ❌ 誤答「版籍奉還」
版籍奉還は1869年に藩主が領地・人民を天皇へ返した改革である。将軍の政権返上とは対象が異なる。
② ❌ 誤答「廃藩置県」
廃藩置県は1871年に藩を廃して府県を置いた中央集権化政策である。大政奉還より4年後である。
③ ✅ 正解「大政奉還」
大政奉還は1867年10月、徳川慶喜が将軍としての政権を朝廷へ返上した出来事である。討幕の大義を失わせ、徳川家を新体制に残す狙いもあった。
④ ❌ 誤答「王政復古の大号令」
王政復古の大号令は大政奉還後の同年12月に出され、幕府・摂関の廃止と新政府樹立を宣言した。
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。