PE2-B01|公共・政治経済 対策問題
大日本帝国憲法と日本国憲法の比較として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
大日本帝国憲法では人権は臣民の権利として法律の範囲内で認められたが、日本国憲法は侵すことのできない永久の権利として保障している
この問題のポイント
新旧憲法の人権保障の違いを問う問題。「法律の留保つきの臣民の権利」から「永久の権利」への転換という対比の軸で解ける。
解説
大日本帝国憲法(明治憲法、1889年発布)は、天皇が定めて国民に与える欽定憲法であり、天皇主権を原理とした。天皇は統治権の総攬者とされ、陸海軍の統帥権など議会の関与できない大権をもった。
人権については、「臣民」(天皇の民)の権利として言論・信教などの自由を認めたが、いずれも「法律の範囲内において」という法律の留保つきだった。治安維持法のような法律を作れば、合法的に自由を奪えたのである。また社会権の規定は存在しなかった。
これに対し日本国憲法は、国民主権を原理とする民定憲法であり、天皇は「日本国民統合の象徴」となった。人権は侵すことのできない永久の権利(11条・97条)とされ、法律によっても侵害できない。生存権(25条)など社会権も新たに保障された。
人権保障の質的転換こそが、両憲法の最大の違いである。
ひっかけポイント
「法律の範囲内」は明治憲法のキーワードで、両憲法の特徴の入れ替えが最頻出。明治憲法に社会権はなく、日本国憲法の天皇は元首・総攬者ではない。
選択肢の確認
①「日本国憲法の下でも、天皇は統治権を総攬する国家元首とされている」
❌ 誤り。
誤答理由: 日本国憲法の天皇は日本国と日本国民統合の象徴であり、統治権を総攬する元首としたのは明治憲法である。
②「大日本帝国憲法では人権は臣民の権利として法律の範囲内で認められたが、日本国憲法は侵すことのできない永久の権利として保障している」
✅ 正しい。
正解。明治憲法の人権は天皇が臣民に与えた権利で法律の留保を伴ったのに対し、日本国憲法11条は基本的人権を侵すことのできない永久の権利と定めた。
③「大日本帝国憲法には、生存権など社会権の規定が置かれていた」
❌ 誤り。
誤答理由: 明治憲法に社会権の規定はない。生存権などの社会権はワイマール憲法(1919年)以降の考え方で、日本では日本国憲法25条で初めて定められた。
④「大日本帝国憲法は、国民主権の原理を明確に採用していた」
❌ 誤り。
誤答理由: 明治憲法の主権者は天皇であり(天皇主権)、国民主権を採用したのは日本国憲法である。
覚えるポイント
- 明治憲法=天皇主権・欽定憲法・法律の留保
- 日本国憲法=国民主権・永久の権利・社会権あり
- 天皇は統治権の総攬者から象徴へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 比較軸をそろえる:二つの時代・地域を、政治の担い手、土地・税制、対外関係、社会への影響など同じ軸で比べ、共通点と相違点を混同しない。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。