WT7-W16|歴史総合・世界史探究 対策問題
イタリアの降伏について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
1943年に連合軍のシチリア上陸後、ムッソリーニが失脚して新政府が無条件降伏した
この問題のポイント
イタリア降伏の経過を問う問題。シチリア上陸→ムッソリーニ失脚→新政府の無条件降伏(1943年)の流れで解ける。
解説
北アフリカ戦線を制した連合軍は、1943年7月、シチリア島へ上陸した。
本土決戦の危機に直面したイタリアでは、ファシスト党内部からもムッソリーニへの反発が噴出し、国王は彼を解任・逮捕した(失脚)。後継のバドリオ政権は、9月に連合国へ無条件降伏した。枢軸国最初の脱落である。
しかし戦いは終わらなかった。ドイツ軍が北イタリアを占領し、救出したムッソリーニに傀儡政権(サロ共和国)を作らせたため、北部ではパルチザンの抵抗戦が続いた。
1945年4月、ムッソリーニは逃亡中にパルチザンに捕らえられ処刑された。「イタリア(1943年)→ドイツ(1945年5月)→日本(1945年8月)」という枢軸国の脱落順序は整序の超定番である。
ひっかけポイント
降伏は1943年であり、1940年ではない。降伏後も北部で戦闘が続いた「二つのイタリア」の状況、枢軸国の脱落順序(伊→独→日)が問われどころ。
選択肢の確認
①「イタリアは最後までドイツと共に戦い続けた」
❌ 誤り。
イタリアは1943年に降伏しており、枢軸国のうち最初に脱落した国である。
②「イタリアは1940年に降伏した」
❌ 誤り。
降伏は1943年9月であり、1940年はイタリアがドイツ側で参戦した年である。
③「降伏後、全土がただちに解放された」
❌ 誤り。
ドイツ軍が北イタリアを占領してムッソリーニの傀儡政権を立てたため、北部ではパルチザンの抵抗が1945年まで続いた。
④「1943年に連合軍のシチリア上陸後、ムッソリーニが失脚して新政府が無条件降伏した」
✅ 正しい。
連合軍のシチリア上陸(1943年7月)を受けてムッソリーニは失脚し、後を継いだバドリオ新政府が同年9月に無条件降伏した。
覚えるポイント
- シチリア上陸とムッソリーニ失脚は1943年7月
- バドリオ新政府が1943年9月に無条件降伏
- 枢軸脱落順序は伊1943年→独1945年5月→日1945年8月
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。