WT7-W15歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(4) 第二次世界大戦と諸地域の変容

1943年のカイロ会談・カイロ宣言について述べた文として正しいものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

米英中の首脳が対日方針を協議し、満洲・台湾の中国返還や朝鮮の独立を宣言した

この問題のポイント

カイロ会談・カイロ宣言を問う問題。米英中による対日方針の協議と、満洲・台湾の返還、朝鮮の独立の宣言で解ける。

解説

1943年11月、エジプトのカイロで、ローズヴェルト・チャーチル・そして中国の蔣介石が会談した。対日戦の方針を決める会談であり、ソ連(当時対日中立)は参加していない。
発表されたカイロ宣言の要点は次のとおり。

  • 日本の無条件降伏まで戦い続ける
  • 満洲・台湾・澎湖諸島を中国へ返還させる
  • 「朝鮮の人民の奴隷状態に留意し」、やがて朝鮮を自由独立のものとする
  • 日本が奪取した太平洋の島々を剥奪する
    1945年のポツダム宣言は、第8項で「カイロ宣言の条項は履行されるべし」と定めており、両宣言は連続した文書である。日本の戦後領土処理の法的前提として最頻出である。

ひっかけポイント
カイロ(1943年・米英中・対日)とヤルタ(1945年・米英ソ・対独と対日密約)の参加国と対象の入れ替えが定番。ポツダム宣言がカイロ宣言の履行を求める関係も問われる。

選択肢の確認

①「米英中の首脳が対日方針を協議し、満洲・台湾の中国返還や朝鮮の独立を宣言した」
正しい。
1943年11月のカイロ会談でローズヴェルト・チャーチル・蔣介石が対日方針を協議し、カイロ宣言で満洲・台湾の中国返還と朝鮮の独立を宣言した。

②「米英ソが対独戦後処理を決めた」
誤り。
米英ソが対独戦後処理を協議したのはヤルタ会談(1945年2月)やポツダム会談(同年7月)である。

③「日本も参加した講和会議である」
誤り。
カイロ会談は連合国側の首脳会談であり、交戦国である日本は参加していない。

④「ヨーロッパの第二戦線構築だけを決めた」
誤り。
ヨーロッパの第二戦線構築を協議したのはカイロ会談に続くテヘラン会談で、カイロ宣言の内容は対日方針である。

覚えるポイント

  • カイロ会談は1943年11月、米英中(蔣介石参加)
  • 満洲・台湾の中国返還と朝鮮の独立を宣言
  • ポツダム宣言がカイロ宣言の履行を要求

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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