WT7-W21|歴史総合・世界史探究 対策問題
ポツダム会談(1945年7月)について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
ドイツの戦後処理を協議し、日本への降伏勧告としてポツダム宣言を発した
この問題のポイント
ポツダム会談を問う問題。ドイツ戦後処理の協議と、日本への降伏勧告であるポツダム宣言の発表、という2つの内容で解ける。
解説
ドイツ降伏後の1945年7月、ベルリン郊外のポツダムで、米英ソの首脳が会談した。参加者はトルーマン(4月に死去したローズヴェルトの後任)、チャーチル(会談途中の選挙敗北でアトリーに交代)、スターリンである。
会談ではドイツの非軍事化・非ナチ化・民主化などの占領方針と、ポーランドの国境問題などが協議された。
あわせて7月26日、日本に無条件降伏を求めるポツダム宣言が発表された。名義が米英中の3国なのは、ソ連が当時まだ対日中立だったからである(ソ連は8月の参戦後に加わった)。
会談の最中、トルーマンのもとに原爆実験成功の報が届いた。これが対ソ交渉での強気の背景になったとされ、核外交の始まりの逸話として資料問題で頻出する。
ひっかけポイント
ポツダム宣言の名義が「米英中」で始まる理由(ソ連は対日中立中)は差がつくポイント。会談参加国(米英ソ)と宣言名義国(米英中)のずれを突く選択肢に注意。
選択肢の確認
①「第一次世界大戦の講和会議である」
❌ 誤り。
第一次世界大戦の講和会議は1919年のパリ講和会議である。
②「日本の代表も出席した」
❌ 誤り。
ポツダム宣言は交戦国である日本に降伏を勧告した文書であり、日本は会談に出席していない。
③「この会談で国際連盟の設立が決まった」
❌ 誤り。
国際連盟の設立が決まったのはパリ講和会議であり、ポツダム会談の時点ではすでに国際連合の設立準備が進んでいた。
④「ドイツの戦後処理を協議し、日本への降伏勧告としてポツダム宣言を発した」
✅ 正しい。
ドイツ降伏後の1945年7月、トルーマン・チャーチル・スターリンがベルリン郊外のポツダムでドイツの非軍事化・民主化などを協議し、日本には無条件降伏を求めるポツダム宣言が発せられた。
覚えるポイント
- ポツダム会談は1945年7月、米英ソ首脳
- ポツダム宣言は7月26日、米英中の名義で発表
- 会談中に原爆実験成功の報がトルーマンへ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。