WT7-W06歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(4) 第二次世界大戦と諸地域の変容

1945年2月に米英ソ首脳が戦後処理を協議した会談はどれか。

解答・解説を見る

正解: 1

正解

ヤルタ会談

この問題のポイント

1945年2月の米英ソ首脳会談を問う問題。ヤルタ会談と、ソ連対日参戦の秘密協定がポイント。

解説

ドイツの敗色が濃厚となった1945年2月、クリミア半島のヤルタで、ローズヴェルト・チャーチル・スターリンの3首脳が会談した。
合意の柱は3つある。第一にドイツの分割占領と非武装化。第二に国際連合の設立(安保理の拒否権など)。第三に秘密協定として、ドイツ降伏後3カ月以内のソ連の対日参戦である。その見返りとして、南樺太の返還と千島列島の引き渡しが約束された。
この密約が、1945年8月のソ連参戦と、今日まで続く北方領土問題の直接の起源となった。
「カイロ(1943年・対日領土方針)→ヤルタ(1945年2月・ソ連参戦密約)→ポツダム(1945年7月・対日降伏勧告)」という会談の順序と内容の対応は超頻出である。

ひっかけポイント
ミュンヘン会談(1938年・宥和政策)との混同を誘う構成。カイロ・ヤルタ・ポツダムの3会談の内容の入れ替えが定番で、ソ連参戦の密約はヤルタと覚える。

選択肢の確認

①「ヤルタ会談」
正しい。
1945年2月、クリミア半島のヤルタでローズヴェルト・チャーチル・スターリンが会談し、ドイツの分割占領、国際連合の設立、秘密協定によるソ連の対日参戦を取り決めた。

②「ミュンヘン会談」
誤り。
ミュンヘン会談は1938年、英仏がヒトラーにズデーテン地方の割譲を認めた宥和政策の会談である。

③「ワシントン会議」
誤り。
ワシントン会議は1921年から22年に開かれた海軍軍縮と東アジア問題の会議である。

④「バンドン会議」
誤り。
バンドン会議は1955年のアジア・アフリカ会議であり、第二次世界大戦の戦後処理の会談ではない。

覚えるポイント

  • ヤルタ会談は1945年2月、米英ソ首脳
  • 秘密協定でソ連の対日参戦と千島引き渡しを約束
  • カイロ→ヤルタ→ポツダムの順序

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

WT7-W05WT7-W07