WT7-W10|歴史総合・世界史探究 対策問題
第二次世界大戦の戦後処理として行われた国際軍事裁判について述べた文として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ニュルンベルクと東京で、平和に対する罪などを問う裁判が行われた
この問題のポイント
戦後の国際軍事裁判を問う問題。ニュルンベルクと東京で平和に対する罪などを裁いた、という2都市の対応で解ける。
解説
第二次世界大戦後、連合国は敗戦国の指導者を国際法廷で裁くという、歴史上例のない試みを行った。
ニュルンベルク国際軍事裁判(1945〜46年)ではナチス・ドイツの指導者が、極東国際軍事裁判(東京裁判・1946〜48年)では日本の指導者が裁かれた。
従来の戦争犯罪に加え、侵略戦争の計画・遂行を問う「平和に対する罪」、民間人への迫害を問う「人道に対する罪」という新しい罪が設けられ、国家の行為について個人の責任を問うた点が画期だった。
一方で、戦勝国の行為は裁かれない「勝者の裁き」だという批判も残る。この方式は、のちの旧ユーゴ・ルワンダの国際法廷や**国際刑事裁判所(ICC)**へ受け継がれた。
ひっかけポイント
裁かれたのは敗戦国の指導者であり「戦勝国の指導者」ではない。「個人責任を問うた画期」と「勝者の裁きという批判」の両面を提示させるのが共通テスト流。
選択肢の確認
①「裁かれたのは戦勝国の指導者だった」
❌ 誤り。
裁かれたのは敗戦国の指導者であり、勝者の裁きという批判が生じたのはそのためである。
②「ニュルンベルクと東京で、平和に対する罪などを問う裁判が行われた」
✅ 正しい。
連合国はニュルンベルク国際軍事裁判でナチス指導者を、極東国際軍事裁判すなわち東京裁判で日本の指導者を、平和に対する罪や人道に対する罪などで裁いた。
③「戦争犯罪はいっさい裁かれなかった」
❌ 誤り。
両裁判で枢軸国指導者の個人としての責任が問われており、戦争犯罪が裁かれなかったという事実はない。
④「裁判はジュネーヴでのみ行われた」
❌ 誤り。
裁判はニュルンベルクと東京で開かれた。ジュネーヴは戦時国際法を定めたジュネーヴ条約で知られる都市である。
覚えるポイント
- ニュルンベルク裁判は1945〜46年、東京裁判は1946〜48年
- 平和に対する罪・人道に対する罪で個人を訴追
- ICC(国際刑事裁判所)への先例となった
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。