WT7-W23|歴史総合・世界史探究 対策問題
第二次世界大戦中のユーゴスラヴィアでパルチザンを率い、戦後に大統領となった人物はだれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
ティトー
この問題のポイント
ユーゴのパルチザン指導者を問う問題。ティトーと、自力解放→対ソ自立→非同盟という戦後路線の因果で解ける。
解説
ドイツ占領下のユーゴスラヴィアで、ティトー率いる共産党系のパルチザンは、山岳地帯を拠点に粘り強い抵抗戦を展開し、ソ連軍の力をほとんど借りずに国土を解放した。
この「自力解放」の実績が、戦後のユーゴの独自路線を支えた。ティトーはソ連の統制を拒否し、1948年にコミンフォルムから除名されたが、屈せずに独自の社会主義(労働者自主管理)を築いた。
さらに1961年には、インドのネルー、エジプトのナセルとともに第1回非同盟諸国首脳会議をベオグラードで主催し、第三世界の指導者となった。
カリスマだったティトーの死後、1990年代にユーゴは解体し、凄惨な内戦へ向かう。この現代への接続も問われる。
ひっかけポイント
チャウシェスク(ルーマニアの独裁者)、ワレサ(ポーランド連帯)、ドプチェク(プラハの春)と東欧の人物の混同に注意。「自力解放→対ソ自立→非同盟」の因果が最頻出。
選択肢の確認
①「ドプチェク」
❌ 誤り。
ドプチェクは1968年のプラハの春を主導したチェコスロヴァキアの指導者である。
②「ティトー」
✅ 正しい。
ティトー率いるパルチザンはソ連軍の力を借りずにほぼ自力でユーゴスラヴィアを解放し、戦後は大統領としてソ連の統制を拒み非同盟主義の道を歩んだ。
③「チャウシェスク」
❌ 誤り。
チャウシェスクはルーマニアの指導者で、1989年の東欧革命で処刑された人物である。
④「ワレサ」
❌ 誤り。
ワレサはポーランドの自主管理労組の指導者で、活動したのは1980年代であり国も時期も異なる。
覚えるポイント
- ティトーはユーゴのパルチザン指導者
- 1948年コミンフォルム除名、独自社会主義路線
- 非同盟諸国運動をネルー・ナセルと主導
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。