WT7-W05|歴史総合・世界史探究 対策問題
1944年6月に連合軍が行い、西部戦線を開いた作戦はどれか。
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正解: 2
正解
ノルマンディー上陸作戦
この問題のポイント
1944年6月の連合軍の作戦を問う問題。西部戦線(第二戦線)を開いたノルマンディー上陸作戦が答え。
解説
独ソ戦でドイツ軍主力と戦い続けるソ連のスターリンは、英米に対し、西ヨーロッパにもう一つの戦線(第二戦線)を開くよう繰り返し要求していた。1943年のテヘラン会談で、ついに上陸作戦が合意される。
1944年6月6日、アイゼンハワーを最高司令官とする連合軍は、北フランスのノルマンディー海岸に史上最大規模の上陸作戦を敢行した。
作戦は成功し、8月にはパリが解放された。以後ドイツは、西から英米軍、東からソ連軍に挟撃される二正面作戦を強いられ、1945年5月に無条件降伏した。
スターリンの要求→テヘラン会談での合意→実行、という連合国内の政治的経緯まで問われるのが共通テスト流である。
ひっかけポイント
ガリポリ上陸(第一次世界大戦)、インパール作戦(日本軍・ビルマ)、バルバロッサ作戦(1941年・独ソ戦)と、作戦名の混同を誘う構成。テヘラン会談との結び付きも整序で出る。
選択肢の確認
①「バルバロッサ作戦」
❌ 誤り。
バルバロッサ作戦は1941年6月のドイツによるソ連侵攻の作戦名である。
②「ノルマンディー上陸作戦」
✅ 正しい。
アイゼンハワーを最高司令官とする連合軍は1944年6月6日に北フランスのノルマンディーへ上陸し、西部戦線すなわち第二戦線を開いた。
③「ガリポリ上陸作戦」
❌ 誤り。
ガリポリ上陸作戦は第一次世界大戦中の1915年に英仏軍がオスマン帝国に対して行い、失敗した作戦である。
④「インパール作戦」
❌ 誤り。
インパール作戦は1944年に日本軍がビルマからインドへ進攻して大敗した作戦であり、ヨーロッパの戦線ではない。
覚えるポイント
- ノルマンディー上陸は1944年6月6日
- テヘラン会談(1943年)で第二戦線を合意
- 1944年8月パリ解放→1945年5月ドイツ降伏
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。