RS2-037|歴史総合・世界史探究 対策問題
1945年8月のソ連の対日参戦について述べた記述として最も適切なものはどれか。
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正解: 3
正解
日ソ中立条約が残る中で参戦し、満州や南樺太に侵攻、多数の日本人が抑留された
この問題のポイント
1945年8月のソ連対日参戦の経過と影響を問う。日ソ中立条約が有効期間内だったこと、シベリア抑留につながったことがポイント。
解説
日ソ中立条約は1941年に結ばれ、有効期間は1946年4月までだった。ソ連は1945年4月に条約の不延長を通告したが、この時点で条約自体はまだ有効期間内にあった。
しかしソ連はヤルタ会談の秘密協定に基づき、1945年8月8日に対日宣戦し、翌9日から満州・朝鮮北部・南樺太・千島列島へ一斉に侵攻した。関東軍は崩壊し、多数の開拓民が犠牲となり、家族と離別した中国残留孤児も生まれた。
捕虜となった約60万人の軍人らはソ連領内に送られ、シベリア抑留として極寒の地で強制労働を課され、多くの犠牲者が出た。また千島列島では日本降伏後の9月初めまで占領が進められ、これが北方領土問題の起点となった。
ひっかけポイント
「中立条約が失効していたから参戦した」とする誤りに注意。条約は1946年4月まで有効期間内で、参戦は条約を無視した行動だった。参戦時期を1941年とする選択肢も定番の誤り。
選択肢の確認
①「ソ連の参戦は1941年の開戦と同時だった」
❌ 誤り。
日ソ戦開始は太平洋戦争開戦時の1941年ではなく、終戦直前の1945年8月である。1941年には日ソ中立条約を結んでいた。
②「参戦後、ソ連は日本本土の統治に参加した」
❌ 誤り。
連合国軍占領下の日本本土は主にアメリカが統治し、ソ連は本土占領行政に参加していない。ソ連は南樺太・千島などを占領した。
③「日ソ中立条約が残る中で参戦し、満州や南樺太に侵攻、多数の日本人が抑留された」
✅ 正しい。
ソ連は日ソ中立条約の有効期間中の1945年8月8日に宣戦し、満州・朝鮮北部・南樺太・千島へ侵攻した。多数の日本軍人らがシベリアへ抑留された。
④「ソ連は最後まで日本と交戦しなかった」
❌ 誤り。
ソ連軍は8月9日に攻撃を開始し、日本と実際に交戦した。日本の降伏意思表明後も千島などで戦闘が続いた。
覚えるポイント
- ソ連対日参戦は1945年8月8日宣戦、9日侵攻開始
- 日ソ中立条約(1941年)は1946年4月まで有効期間内だった
- 約60万人がシベリア抑留。北方領土問題の起点
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。