RS3-036歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合C 国際秩序の変化や大衆化と私たち(3) 経済危機と第二次世界大戦

1936年2月26日に陸軍青年将校が起こしたクーデタ未遂事件の結果として正しいものはどれか。

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正解: 3

正解

軍部の政治的発言力がいっそう強まった

この問題のポイント

二・二六事件の「結果」を問う問題。反乱自体は失敗したが、軍部の政治的発言力がかえって強まったという逆説が核心。

解説

1930年代の陸軍内部では、天皇親政による国家改造を唱える皇道派と、統制のとれた総力戦体制の構築をめざす統制派が対立していた。

1936年2月26日、皇道派の影響を受けた青年将校らが約1400名の兵を率いて決起し、高橋是清大蔵大臣、斎藤実内大臣らを殺害、首相官邸や国会周辺を占拠した。これが二・二六事件である。

昭和天皇が厳罰の意向を示したこともあり、反乱は数日で鎮圧され、首謀者は非公開の軍法会議で死刑となった。皇道派は一掃され、陸軍の主導権は統制派が握った。

重要なのはその後である。事件後に成立した広田弘毅内閣は、組閣の段階から軍の干渉を受け、軍部大臣現役武官制を復活させた。これにより軍は、大臣を出さないことで内閣を倒したり組閣を阻止したりできるようになり、軍部の政治的発言力はかえって増大した。反乱は失敗したのに軍が強くなった、という逆説が出題の核心である。

ひっかけポイント
五・一五事件(1932年・海軍将校らが犬養毅首相を暗殺し政党内閣が終わる)との混同が最頻出。二・二六は陸軍・1936年・高橋是清らを殺害、と要素で区別する。

選択肢の確認

①「陸軍が解体された」
誤り。
陸軍は解体されず、反乱部隊・皇道派が処分された一方、統制派が主導権を握った。軍組織全体は政治的影響を拡大した。

②「首謀者は全員無罪となり英雄視された」
誤り。
首謀者は軍法会議で処罰され、青年将校らは死刑となった。全員無罪で公的に英雄視されたのではない。

③「軍部の政治的発言力がいっそう強まった」
正しい。
二・二六事件は鎮圧されたが、その後は統制派を中心に陸軍の政治介入が強まり、軍部大臣現役武官制復活などで内閣への影響力が増した。

④「政党内閣が復活した」
誤り。
事件後に政党内閣が復活したのではなく、岡田内閣が総辞職し軍部の発言力が強まった。政党政治の後退が進んだ。

覚えるポイント

  • 二・二六事件は1936年、陸軍皇道派の青年将校が決起
  • 高橋是清蔵相・斎藤実内大臣らを殺害、反乱は鎮圧
  • 広田内閣が軍部大臣現役武官制を復活、軍の発言力増大

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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