WT4-E25|歴史総合・世界史探究 対策問題
19世紀後半のフランス第三共和政期に起こった、ユダヤ人将校への冤罪事件はどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
ドレフュス事件
この問題のポイント
第三共和政期フランスの冤罪事件を問う問題。ユダヤ人将校ドレフュスの事件と、シオニズム運動への影響まで押さえる。
解説
1894年、ユダヤ系フランス人のドレフュス大尉が、ドイツへのスパイ容疑で終身刑を宣告された。実は冤罪であり、背景には軍部と社会の反ユダヤ主義があった。
作家ゾラが「私は弾劾する」と題する公開状で軍部を告発すると、再審を求める側と軍の威信を守る側でフランス世論は真っ二つに割れた。ドレフュスは最終的に無罪となった。
この事件を取材したユダヤ人記者ヘルツルは、ヨーロッパでの反ユダヤ主義の根深さに衝撃を受け、ユダヤ人国家の建設をめざすシオニズム運動を提唱した。
この運動がパレスチナへのユダヤ人移住を促し、現代の中東問題の遠い起源となっていく。
ひっかけポイント
ファショダ事件(1898年・英仏のアフリカでの衝突)、モロッコ事件(独仏対立)、血の日曜日事件(1905年・ロシア)との混同に注意。すべて同時期の別事件である。
選択肢の確認
①「ドレフュス事件」
✅ 正しい。
正解。1894年にユダヤ系のドレフュス大尉がスパイ容疑で有罪とされた冤罪事件であり、ゾラの告発を機に再審運動が広がり世論を二分した。
②「ファショダ事件」
❌ 誤り。
ファショダ事件は1898年にスーダンで英仏の植民地拡張が衝突した外交事件であり、冤罪事件ではない。
③「モロッコ事件」
❌ 誤り。
モロッコ事件は1905年と1911年にドイツがフランスのモロッコ進出に対抗して起こした国際危機である。
④「血の日曜日事件」
❌ 誤り。
血の日曜日事件は1905年のロシアで請願デモに軍が発砲した事件であり、国も内容も異なる。
覚えるポイント
- ドレフュス事件は1894年、ユダヤ人将校の冤罪事件
- ゾラが「私は弾劾する」で再審運動を主導
- ヘルツルがシオニズム運動を提唱→パレスチナ問題の遠因
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。