WT4-A13歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

19世紀後半の朝鮮について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 4

正解

日朝修好条規により開国し、日本と清が朝鮮をめぐって対立を深めた

この問題のポイント

19世紀後半の朝鮮をめぐる国際関係を問う問題。「日朝修好条規による開国」と「朝鮮をめぐる日清対立の激化」の2点を押さえる。

解説

19世紀後半の朝鮮王朝は、清を宗主国とあおぐ一方、欧米には鎖国的な対応を続けていた。ここに割って入ったのが明治日本である。

1875年、日本の軍艦が朝鮮沿岸で挑発して交戦した江華島事件を機に、日本は1876年、日朝修好条規を結ばせて朝鮮を開国させた。釜山などの開港、日本の領事裁判権などを含む不平等条約であり、日本がペリーから受けた砲艦外交をそのまま朝鮮に向けた形といえる。

開国後の朝鮮では、親清派と親日派の対立が深まった。1882年の壬午軍乱、1884年の親日改革派クーデタ甲申政変はいずれも清の介入で決着し、朝鮮への影響力を強めたい日本と宗主権を維持したいの対立が激化した。

1894年、甲午農民戦争(東学の乱)が起こると日清両国が出兵し、そのまま日清戦争に突入した。勝利した日本は下関条約(1895年)で清に朝鮮の独立を認めさせ、清と朝鮮の宗属関係は終わった。以後、朝鮮をめぐる対立の相手はロシアへと移っていく。

ひっかけポイント
「江華島事件(1875年)→日朝修好条規(1876年)」の順序と年号が頻出。朝鮮が植民地化されるのは1910年の韓国併合であり、19世紀の段階でロシアや清の植民地になったとする選択肢は誤り。

選択肢の確認

①「朝鮮は19世紀を通じて完全な鎖国を維持した」
誤り。
朝鮮は1876年の日朝修好条規で開国しており、19世紀を通じて鎖国を維持したという記述は事実に反する。

②「朝鮮はロシアの植民地となった」
誤り。
朝鮮を植民地としたのはロシアではなく日本であり、1910年の韓国併合による。ロシアの南下は日露戦争で阻まれた。

③「朝鮮は自ら清に併合を求めた」
誤り。
朝鮮は清の宗主権のもとにあったが併合されたことはなく、1895年の下関条約で清は朝鮮の独立を承認した。

④「日朝修好条規により開国し、日本と清が朝鮮をめぐって対立を深めた」
正しい。
正解。1875年の江華島事件を機に朝鮮は1876年の日朝修好条規で開国し、以後宗主権を主張する清と進出を図る日本の対立が深まった。

覚えるポイント

  • 江華島事件(1875年)→日朝修好条規(1876年・不平等条約)で開国
  • 壬午軍乱・甲申政変を経て日清対立が激化
  • 甲午農民戦争→日清戦争(1894年)、下関条約で清が朝鮮の独立を承認

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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