WT4-A12歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

1911年に始まる辛亥革命について述べた文として正しいものはどれか。

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正解: 1

正解

武昌での蜂起をきっかけに各省が独立を宣言し、翌年清朝が滅亡した

この問題のポイント

辛亥革命の経過を問う問題。「武昌蜂起(1911年)→各省独立→中華民国成立・宣統帝退位(1912年)」という流れの順序がポイント。

解説

義和団戦争後の清朝は、ようやく新政と呼ばれる改革を始めたが、時すでに遅く、孫文らの革命運動が海外の華僑や留学生に広がっていた。孫文は1905年、東京で中国同盟会を結成し、三民主義を掲げていた。

直接の引き金は経済問題だった。1911年、清朝は財政難から幹線鉄道の国有化を宣言し、それを担保に外国から借款を得ようとした。鉄道建設に出資していた民族資本家や民衆は激しく反発し、四川で大暴動が起こった。

その鎮圧に軍が動員された隙をついて、1911年10月10日、湖北省の武昌で新軍(新式軍隊)の革命派が蜂起した。これをきっかけに、1か月余りで多くの省が清からの独立を宣言した。これが辛亥革命である。

1912年1月1日、帰国した孫文を臨時大総統として中華民国が南京に成立した。清朝側の実力者袁世凱は革命側と取引し、2月に**宣統帝(溥儀)**を退位させて清朝は滅亡した。秦の始皇帝以来、約2000年続いた皇帝政治の終わりである。ただし実権はまもなく袁世凱の手に移った。

ひっかけポイント
蜂起の地は北京ではなく武昌である点、清滅亡は蜂起の翌1912年である点に注意。「革命後に皇帝政治が復活した」り「清が存続した」とする選択肢は時系列の引っかけ。

選択肢の確認

①「武昌での蜂起をきっかけに各省が独立を宣言し、翌年清朝が滅亡した」
正しい。
正解。1911年10月10日の武昌蜂起を機に各省が独立を宣言し、1912年1月に中華民国が成立、2月の宣統帝退位で清朝は滅亡した。

②「北京での農民反乱から始まった」
誤り。
蜂起の起点は長江中流の武昌にあった新軍の反乱であり、北京の農民反乱ではない。引き金は幹線鉄道国有化への反発であった。

③「革命後も清朝は20年間存続した」
誤り。
清朝は1912年2月の宣統帝退位で滅亡しており、革命後20年間存続したという事実はない。

④「革命の結果、明王朝が復活した」
誤り。
革命後に成立したのは共和政の中華民国であり、明王朝の復活ではない。革命派が掲げた滅満興漢の主張と取り違えやすい。

覚えるポイント

  • 辛亥革命の引き金は幹線鉄道国有化問題、1911年10月10日武昌蜂起
  • 1912年1月中華民国成立(臨時大総統は孫文、首都南京)
  • 1912年2月宣統帝(溥儀)退位で清滅亡、実権は袁世凱へ

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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