WT4-A23歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

1905年のロシア第1次革命のきっかけとなった出来事はどれか。

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正解: 3

正解

血の日曜日事件

この問題のポイント

1905年の第1次ロシア革命のきっかけを問う問題。「血の日曜日事件」を、1917年の二月革命・十月革命や19世紀のデカブリストの乱と区別できるかがポイント。

解説

20世紀初頭のロシアは、皇帝ニコライ2世の専制のもと、工業化のしわ寄せで労働者の生活は苦しく、日露戦争の戦況悪化がさらに不満を高めていた。

1905年1月、司祭ガポンに率いられた労働者と家族たちが、皇帝に窮状を訴える請願書を持って、ペテルブルクの宮殿へ平和的なデモ行進を行った。ところが軍隊はこの非武装の群衆に発砲し、多数の死傷者を出した。これが血の日曜日事件である。

「慈父」と信じていた皇帝への幻想は崩れ、ストライキ・農民反乱・戦艦ポチョムキンの水兵反乱などが全国に広がった(第1次ロシア革命)。事態を収拾するため、ニコライ2世は十月宣言を発し、国会(ドゥーマ)の開設と市民的自由を約束した。

しかし革命の波が引くと皇帝は再び専制的な姿勢に戻り、首相ストルイピンの改革も社会の矛盾を解決できなかった。この積み残しが、第一次世界大戦下の1917年、帝政を倒す二月革命と、ソヴィエト政権を生む十月革命につながっていく。

ひっかけポイント
1905年革命(血の日曜日・十月宣言・帝政は存続)と1917年の二月革命・十月革命(帝政崩壊・ソヴィエト政権)の混同が最頻出。デカブリストの乱は1825年で時代が大きく異なる。

選択肢の確認

①「デカブリストの乱」
誤り。
デカブリストの乱は1825年に自由主義的な青年将校が起こした反乱であり、時期が大きく異なる。

②「コルホーズの建設」
誤り。
コルホーズの建設はスターリンの第1次五カ年計画による農業集団化であり、1928年以降の政策である。

③「血の日曜日事件」
正しい。
正解。1905年1月、皇帝への請願デモに軍が発砲した血の日曜日事件を機に、ストライキと反乱が全国へ広がった。

④「ロシア暦二月革命」
誤り。
二月革命は1917年に帝政を倒した革命であり、1905年の第1次革命とは12年の隔たりがある。

覚えるポイント

  • 血の日曜日事件は1905年1月、請願デモへの発砲
  • 第1次ロシア革命→十月宣言で国会(ドゥーマ)開設を約束
  • 背景は日露戦争の戦況悪化、帝政打倒は1917年の革命

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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