WT4-E23歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(2) 世界市場の形成と諸地域の結合

フランス革命期の出来事を時期の早い順に並べたものとして正しいものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 3

正解

バスティーユ襲撃 → 国王処刑 → ナポレオンの皇帝即位

この問題のポイント

フランス革命期の出来事の年代整序問題。バスティーユ襲撃1789年→国王処刑1793年→皇帝即位1804年の3点で解ける。

解説

フランス革命の大きな流れを3つの画期で押さえよう。

  • 1789年7月14日: バスティーユ牢獄襲撃。パリ民衆の蜂起で革命が始まる
  • 1793年1月: ルイ16世の処刑。前年の王権停止・共和政樹立を経て国王がギロチンにかけられた
  • 1804年: ナポレオンの皇帝即位。革命の終息を象徴する
    国王処刑は各国の君主に衝撃を与え、イギリス主導で対仏大同盟が結成された。危機の中でジャコバン派の恐怖政治が行われ、その崩壊後の総裁政府の混乱を収拾したのがナポレオンである。
    彼は1799年のクーデタで実権を握り、1804年に国民投票を経て皇帝となった。

ひっかけポイント
「1789→1793→1804」の順序は整序問題の超定番。処刑を機に第1回対仏大同盟が結成される、という国際関係への波及もセットで覚える。

選択肢の確認

①「ナポレオンの皇帝即位 → バスティーユ襲撃 → 国王処刑」
誤り。
ナポレオンの皇帝即位は1804年で最後の出来事であり、これを先頭に置くのは順序が誤りである。

②「バスティーユ襲撃 → ナポレオンの皇帝即位 → 国王処刑」
誤り。
ナポレオンの皇帝即位である1804年はルイ16世の処刑である1793年より後であり、後半2つが入れ替わっている。

③「バスティーユ襲撃 → 国王処刑 → ナポレオンの皇帝即位」
正しい。
正解。バスティーユ牢獄襲撃が1789年、ルイ16世の処刑が1793年、ナポレオンの皇帝即位が1804年であり、この順序で革命は始まり終息した。

④「国王処刑 → バスティーユ襲撃 → ナポレオンの皇帝即位」
誤り。
国王処刑は1793年、バスティーユ襲撃は1789年であり、前の2つの順序が入れ替わっている。

覚えるポイント

  • バスティーユ襲撃は1789年7月14日
  • ルイ16世処刑は1793年→対仏大同盟結成
  • ナポレオン皇帝即位は1804年

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 年代の基準点を置く:各項目の年を全部思い出そうとせず、政権交代・法令・戦争など確実な基準点の前後に配置して順序を確定する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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