RS-D3-01歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(3) 世界秩序の変容と日本

1990年前後の国際情勢に関する出来事を、古い順に正しく並べたものはどれか。

解答・解説を見る

正解: 2

正解

ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談 → ソ連解体

この問題のポイント

1990年前後の国際情勢の整序問題。ベルリンの壁崩壊→マルタ会談→ソ連解体という冷戦終結の一連の流れを月まで含めて押さえる。

解説

ソ連のゴルバチョフが進めたペレストロイカ(改革)と新思考外交は、東欧諸国の自立を促した。1989年、ポーランド・ハンガリーから始まった東欧革命が連鎖する。

  • 1989年11月 ベルリンの壁崩壊:東ドイツ市民の出国要求の高まりの中で国境が開放され、冷戦の象徴が崩れた
  • 1989年12月 マルタ会談:地中海のマルタ島でブッシュ(父)とゴルバチョフが会談し、冷戦の終結を宣言
  • 1990年10月 東西ドイツ統一
  • 1991年12月 ソ連解体:保守派クーデタ失敗後、各共和国が独立し、ソ連は消滅。ゴルバチョフは大統領を辞任
    「壁の崩壊(11月)→終結宣言(12月)→ソ連消滅(2年後)」という時系列は整序問題の超定番。日本では冷戦後の湾岸戦争を機にPKO協力法(1992年)が成立した。

ひっかけポイント
ベルリンの壁崩壊とマルタ会談は同じ1989年の11月と12月で、1か月差の順序まで問われる。ソ連解体(1991年末)が最後に来ることは動かない。

選択肢の確認

①「ベルリンの壁崩壊 → ソ連解体 → マルタ会談」
誤り。
ベルリンの壁崩壊を最初とする点はよいが、マルタ会談は1989年、ソ連解体は1991年なので後二つが逆である。

②「ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談 → ソ連解体」
正しい。
ベルリンの壁崩壊は1989年11月、マルタ会談は同年12月、ソ連解体は1991年12月である。この順序が東欧変動から冷戦終結、ソ連消滅への流れに合う。

③「ソ連解体 → ベルリンの壁崩壊 → マルタ会談」
誤り。
ソ連解体は1991年で三つの出来事の最後である。1989年のベルリンの壁崩壊とマルタ会談より先には置けない。

④「マルタ会談 → ソ連解体 → ベルリンの壁崩壊」
誤り。
マルタ会談は1989年12月で、同年11月のベルリンの壁崩壊後に開かれた。ソ連解体はさらに後の1991年である。

覚えるポイント

  • 1989年11月ベルリンの壁崩壊
  • 1989年12月マルタ会談で冷戦終結宣言
  • 1991年12月ソ連解体

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 年代の基準点を置く:各項目の年を全部思い出そうとせず、政権交代・法令・戦争など確実な基準点の前後に配置して順序を確定する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

関連問題

RS-D2-04RS-D3-02