WT4-A11歴史総合・世界史探究 対策問題

世界史探究D 諸地域の結合・変容(3) 帝国主義とナショナリズムの高揚

義和団戦争(1900〜01年)の結果として正しいものはどれか。

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正解: 2

正解

北京議定書で外国軍隊の北京駐屯が認められた

この問題のポイント

義和団戦争の講和である北京議定書の内容を問う問題。「巨額賠償金と外国軍隊の北京駐屯権」が最大のポイント。

解説

列強による中国分割が進むなか、山東省では宗教結社義和団が「扶清滅洋」(清を扶けて西洋を滅ぼす)を掲げ、キリスト教会や鉄道・電信を襲撃した。1900年、義和団が北京に入って各国公使館区域を包囲すると、西太后の清朝政府はこれに乗じて列強に宣戦布告した。

これに対し、日本とロシアを主力とする8カ国連合軍が出兵して北京を占領し、義和団と清軍を破った(義和団戦争)。

1901年、清は北京議定書(辛丑和約)を結ばされた。内容は、当時の国家歳入の数年分にあたる巨額の賠償金の支払い、責任者の処罰、そして外国軍隊の北京・天津周辺への駐屯権の承認である。首都に外国軍が常駐するという事態で、清の半植民地化は決定的となった。

この駐屯権にもとづいて置かれた日本軍(支那駐屯軍)が、のちの1937年、盧溝橋事件の当事者となる。また出兵したロシアが満洲に居座ったことが、日露戦争(1904年)の直接の原因となった。

ひっかけポイント
「扶清滅洋」(義和団)と「滅満興漢」(太平天国)のスローガン入れ替えに注意。北京議定書は賠償の「免除」ではなく巨額賠償+駐屯権の承認であり、選択肢は正反対の形で作られやすい。

選択肢の確認

①「義和団が新王朝を樹立した」
誤り。
義和団は扶清滅洋を掲げて清朝を助ける立場をとった民衆結社であり、王朝を樹立していない。清朝が滅びるのは1911年の辛亥革命による。

②「北京議定書で外国軍隊の北京駐屯が認められた」
正しい。
正解。8カ国連合軍に鎮圧された清は、1901年の北京議定書で巨額の賠償金と外国軍隊の北京駐屯を認め、半植民地化が決定的となった。

③「清が列強への賠償を免除された」
誤り。
清は北京議定書で関税収入などを担保に巨額の賠償金を課されており、免除された事実はない。

④「外国軍はすべて中国から撤退した」
誤り。
議定書はむしろ列強の軍隊が北京に駐屯し続けることを認めたもので、撤退とは逆である。ロシアは満洲に軍を残し、日露戦争の一因となった。

覚えるポイント

  • 義和団は扶清滅洋、1900年に8カ国連合軍が鎮圧
  • 北京議定書(1901年)=巨額賠償金+外国軍の北京駐屯権
  • ロシアの満洲居座り→日露戦争、駐屯権→盧溝橋事件の遠因

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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