RS2-025歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合B 近代化と私たち(4) 近代化と現代的な諸課題

義和団事件(1900年)とその結果について述べた記述として最も適切なものはどれか。

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正解: 2

正解

「扶清滅洋」を掲げる蜂起を8か国連合軍が鎮圧し、北京議定書で列強の駐兵権が認められた

この問題のポイント

義和団事件とその結果を問う問題。扶清滅洋の蜂起→8か国連合軍の鎮圧→北京議定書(賠償金・駐兵権)という流れで解ける。

解説

列強による中国分割が進んだ19世紀末、山東省で宗教的武術集団義和団が「扶清滅洋」(清を扶けて西洋を滅ぼす)を掲げて蜂起し、教会や鉄道・電信を破壊しながら1900年に北京へ入った。清朝の保守派政権はこれに乗じて列強に宣戦布告する。
これに対し、日本とロシアを主力とする8か国連合軍が出兵して北京を占領し、義和団と清軍を破った。日本が「列強の一員」として本格的に国際共同出兵に加わった点が重要である。
1901年の北京議定書(辛丑和約)で、清は巨額の賠償金(4億5000万両)と、北京周辺への列強の駐兵権を認めさせられた。
この駐兵権に基づき北京近郊に駐屯していた日本軍が、1937年の盧溝橋事件の当事者となる。またロシアが満州に大軍をとどめたことが、日露戦争の直接の背景となった。

ひっかけポイント
義和団は「滅洋」であり日本の支援を受けた事実はない(日本は鎮圧側)。台湾割譲は下関条約(1895年)で、北京議定書と混同しないこと。

選択肢の確認

①「事件後、清は日本に台湾を割譲した」
誤り。
清が台湾を日本へ割譲したのは日清戦争後の1895年下関条約で、義和団事件より5年前である。北京議定書の領土割譲ではない。

②「「扶清滅洋」を掲げる蜂起を8か国連合軍が鎮圧し、北京議定書で列強の駐兵権が認められた」
正しい。
義和団は扶清滅洋を掲げて外国勢力・キリスト教を攻撃し、日本を含む8か国連合軍が鎮圧した。1901年の北京議定書で賠償金と北京周辺への列強駐兵が認められた。

③「義和団は日本の支援を受けて清朝を打倒した」
誤り。
義和団は清を扶けて外国勢力を排する運動で、清朝打倒を目的としていない。日本も支援者ではなく、鎮圧側の8か国連合軍に参加した。

④「この事件で列強は中国から全面撤退した」
誤り。
事件後、列強は賠償金・駐兵権など中国への権益をさらに拡大した。全面撤退ではなく、ロシアの満州駐兵が日露対立の原因となった。

覚えるポイント

  • 義和団は扶清滅洋、1900年に8か国連合軍が鎮圧
  • 北京議定書1901年=賠償金と駐兵権
  • 露の満州居座り→日露戦争、駐兵権→盧溝橋事件の伏線

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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