RS2-022|歴史総合・世界史探究 対策問題
1883年に開業した大阪紡績会社について述べた記述として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
蒸気機関と電灯による昼夜操業で成功し、紡績業発展の起点となった
この問題のポイント
大阪紡績会社を問う問題。1883年開業、蒸気機関と電灯による昼夜操業で成功し、紡績業発展の起点となったという知識で解ける。
解説
明治初期の紡績業は、官営模範工場や小規模な士族授産の工場が中心で、規模が小さく振るわなかった。
1883年に開業した大阪紡績会社は、この状況を一変させる。渋沢栄一らの呼びかけで華族・商人の出資を集めた大規模な民間会社で、1万錘規模の英国製ミュール紡績機を備え、蒸気機関を動力とした。さらに電灯を導入して昼夜2交代の操業を行い、機械を止めずに動かして高い収益を上げた。
この成功で紡績会社の設立ブームが起こり、綿糸の国産化(輸入代替)が進んだ。1890年には綿糸生産量が輸入量を上回り、日清戦争後には中国・朝鮮への輸出産業に成長する。
日本の産業革命が綿紡績業から本格化した、その起点となった企業である。
ひっかけポイント
大阪紡績は官営工場ではなく民間会社。紡績(綿糸・輸入大型機械)と製糸(生糸・在来技術の改良)の区別は日本経済史の最頻出ひっかけである。
選択肢の確認
①「蒸気機関と電灯による昼夜操業で成功し、紡績業発展の起点となった」
✅ 正しい。
大阪紡績会社は大規模な輸入紡績機を蒸気力で動かし、電灯を用いた昼夜二交替操業で成功した。1880年代の会社設立ブームと日本の産業革命を導いた。
②「官営工場として政府が直接経営した」
❌ 誤り。
大阪紡績は渋沢栄一ら民間資本家が設立した会社で、政府直営の官営工場ではない。官営模範工場の代表は1872年操業の富岡製糸場である。
③「生糸の輸出を専門とする商社だった」
❌ 誤り。
同社は綿花から綿糸を生産する紡績会社で、生糸輸出専門商社ではない。生糸を作る製糸業と綿糸を作る紡績業を区別する。
④「水車動力のみで操業した小工場だった」
❌ 誤り。
一万錘規模の機械を蒸気機関で動かし、電灯で夜間操業した大工場である。水車だけを使う在来的小工場という説明と反対である。
覚えるポイント
- 大阪紡績会社は1883年開業、渋沢栄一ら
- 1万錘・蒸気機関・電灯による昼夜操業
- 紡績業ブームの起点、綿糸の輸入代替へ
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。