WT-D3-01|歴史総合・世界史探究 対策問題
アヘン戦争(1840〜42年)の講和条約として結ばれた南京条約の内容として正しいものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 4
正解
香港島の割譲と5港の開港
この問題のポイント
アヘン戦争の講和条約である南京条約の内容を問う問題。「香港島割譲+5港開港」のセットで解ける。
解説
19世紀前半、イギリスは清との貿易赤字を解消するため、インド産アヘンを清に密輸する三角貿易を行っていた。清の欽差大臣林則徐が広州でアヘンを没収・処分すると、イギリスは1840年に開戦した(アヘン戦争)。
近代的な軍艦をもつイギリスに敗れた清は、1842年に南京条約を結んだ。内容は次の通りである。
- 香港島のイギリスへの割譲
- 上海・寧波・福州・厦門・広州の5港の開港
- 特権商人組合公行の廃止
- 賠償金の支払い
さらに翌1843年の追加条約で、領事裁判権や協定関税(関税自主権の喪失)、片務的最恵国待遇まで認め、アジアに不平等条約体制が持ち込まれた。
清の敗北の情報はオランダなどを通じて日本にも伝わり、幕府は1842年に異国船打払令を緩めて天保の薪水給与令を出すなど、対外政策の転換を迫られた。
ひっかけポイント
南京条約(1842年・アヘン戦争・香港島)と北京条約(1860年・アロー戦争・九竜半島南部)の混同が最頻出。遼東半島の割譲は日清戦争の下関条約(1895年)の内容。
選択肢の確認
①「北京の外国軍駐屯権」
❌ 誤り。
北京への外国軍駐屯権は1901年の北京議定書で認められたもので、時期が約60年あとである。
②「遼東半島の割譲」
❌ 誤り。
遼東半島の割譲は1895年の下関条約の内容で、三国干渉によって清へ返還された。
③「九竜半島全域の租借」
❌ 誤り。
九竜半島南部の割譲は1860年の北京条約、新界の租借は1898年であり、いずれも南京条約の内容ではない。
④「香港島の割譲と5港の開港」
✅ 正しい。
1842年の南京条約で清は香港島の割譲、上海・広州など5港の開港、公行の廃止、賠償金の支払いを認めた。
覚えるポイント
- 南京条約は1842年、香港島割譲と5港開港・公行廃止
- 追加条約で領事裁判権・協定関税=不平等条約体制
- 同1842年に日本は天保の薪水給与令(歴史総合の接続点)
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。