RS3-041|歴史総合・世界史探究 対策問題
サンフランシスコ平和条約(1951年)と同じ日に調印された条約はどれか。
解答・解説を見る
正解: 3
正解
日米安全保障条約
この問題のポイント
サンフランシスコ平和条約と同日調印の条約を問う問題。「同じ日=1951年9月8日」に日米安全保障条約が結ばれた。
解説
朝鮮戦争を機に、アメリカは日本を西側陣営の一員として早期に独立させる方針を固めた。国内では、ソ連や中国も含む全交戦国との「全面講和」を求める意見と、西側諸国とだけでも講和すべきだとする「単独講和(多数講和)」論が対立したが、吉田茂首相は後者を選んだ。
1951年9月8日、日本は48カ国とサンフランシスコ平和条約に調印し、翌1952年4月の発効により独立(主権)を回復した。ただし、ソ連は調印を拒否し、中国は会議に招かれず、インドなどは参加しなかった。沖縄・小笠原はアメリカの施政権下に残された。
そして同じ日、吉田首相は日米安全保障条約に調印した。独立後もアメリカ軍が日本国内に駐留することを認めるもので、日本は西側陣営に組み込まれた。
「講和と安保は同日セット」という事実と、講和の限界(ソ連不調印・中国不招請・沖縄残留)が最頻出ポイントである。
ひっかけポイント
日ソ共同宣言は1956年(国交回復・日本の国連加盟につながる)、日韓基本条約は1965年、日中平和友好条約は1978年。年代をずらした選択肢に注意。
選択肢の確認
①「日韓基本条約」
❌ 誤り。
日韓基本条約は1965年に韓国との国交を正常化した条約である。1951年より14年後である。
②「日中平和友好条約」
❌ 誤り。
日中平和友好条約は1978年に日本と中華人民共和国が結んだ。1951年の講和条約同日ではない。
③「日米安全保障条約」
✅ 正しい。
日本は1951年9月8日にサンフランシスコ平和条約と旧日米安全保障条約へ調印した。翌1952年の主権回復後も米軍駐留を認める組合せだった。
④「日ソ共同宣言」
❌ 誤り。
日ソ共同宣言は1956年に調印され、国交回復と戦争状態終結を定めた。サンフランシスコ講和会議と同日ではない。
覚えるポイント
- サンフランシスコ平和条約と日米安保条約は1951年9月8日の同日調印
- 首相は吉田茂、ソ連不調印・中国不招請
- 条約発効(1952年)で独立回復、沖縄はアメリカ施政権下に残る
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。