RS3-042歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(2) 冷戦と世界経済

1955年に始まり約40年続いた、自由民主党が政権を持ち日本社会党が野党第一党を占める政治体制を何というか。

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正解: 2

正解

55年体制

この問題のポイント

戦後政治の枠組みである55年体制を問う問題。1955年・自民党政権と社会党野党第一党という構図から即答できる。

解説

1950年代前半、日本社会党は講和条約への賛否をめぐって左派と右派に分裂していた。1955年10月、両派は憲法擁護・革新の立場で再統一を果たし、衆議院の約3分の1の議席を固めた。

これに危機感を抱いた財界の後押しもあり、保守側の自由党日本民主党が同年11月に合同(保守合同)して自由民主党を結成した。初代総裁は鳩山一郎である。

こうして、自民党が政権を握り続け、社会党が野党第一党として改憲阻止に必要な3分の1の議席を保つ、という保守・革新の対立構図が固定された。これを55年体制と呼ぶ。「1と2分の1政党制」とも言われ、政権交代のない安定と引き換えに、金権政治などの問題も生んだ。

55年体制は約38年間続き、1993年、宮澤喜一内閣の不信任と総選挙での自民党過半数割れを経て、細川護熙を首相とする非自民8党派の連立内閣が成立したことで崩壊した。

ひっかけポイント
「社会党統一が先、それへの危機感から保守合同」という順序を問う出題に注意。崩壊の年(1993年・細川内閣)を1990年前後の冷戦終結と混同しないこと。

選択肢の確認

①「挙国一致体制」
誤り。
挙国一致体制は危機時に政党・勢力を横断して協力する政治を指し、自民党と社会党の長期的な与野党構造の固有名ではない。

②「55年体制」
正しい。
1955年に保守合同で自由民主党、左右社会党統一で日本社会党が成立し、自民党長期政権と社会党第一野党の55年体制が1993年まで続いた。

③「大政翼賛体制」
誤り。
大政翼賛体制は1940年に諸政党が解散して大政翼賛会へ統合された戦時体制である。戦後の自民・社会両党対立ではない。

④「護憲三派体制」
誤り。
護憲三派体制は1924年、憲政会・政友会・革新倶楽部が清浦内閣へ対抗した大正期の政党連携である。

覚えるポイント

  • 55年体制は1955年成立、社会党統一→保守合同(自民党結成)の順
  • 自民党政権・社会党野党第一党の構図が約38年継続
  • 1993年、細川護熙非自民連立内閣の成立で崩壊

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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