RS2-043|歴史総合・世界史探究 対策問題
第五福竜丸事件(1954年)が日本社会に与えた影響として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 2
正解
原水爆禁止運動が全国に広がり、翌年広島で第1回世界大会が開かれた
この問題のポイント
第五福竜丸事件(1954年)が原水爆禁止運動の全国化をもたらしたという因果関係を問う。事件→署名運動→世界大会の流れがポイント。
解説
1954年3月、アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験により、付近で操業していた静岡県焼津のマグロ漁船第五福竜丸の乗組員23名が「死の灰」を浴びて被曝した。無線長の久保山愛吉さんは半年後に死亡した。
広島・長崎に続く「三度目の被曝」として事件は大きく報道され、国民に衝撃を与えた。東京杉並区の主婦たちが始めた水爆禁止の署名運動は瞬く間に広がり、全国で3000万筆を超えた。
こうして原水爆禁止運動は国民的運動となり、1955年8月、第1回原水爆禁止世界大会が広島で開かれた。冷戦下の米ソ核実験競争に対して、市民の側から核兵器廃絶を求める声が組織化されたことを示す出来事であり、被爆国日本の平和運動の原点として頻出する。
ひっかけポイント
「ほとんど報道されなかった」「原子力研究がすべて禁止された」は誤り。事件(1954年)と第1回世界大会(1955年・広島)の年と開催地のずらしに注意。
選択肢の確認
①「アメリカとの同盟が直ちに破棄された」
❌ 誤り。
事件は日米関係の問題にもなったが、日米安全保障条約は破棄されず同盟は継続した。市民運動の拡大と政府間同盟の存続を区別する。
②「原水爆禁止運動が全国に広がり、翌年広島で第1回世界大会が開かれた」
✅ 正しい。
1954年、ビキニ環礁の水爆実験で第五福竜丸が被曝すると、原水爆禁止署名運動が全国へ拡大した。1955年に広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれた。
③「日本の原子力研究がすべて禁止された」
❌ 誤り。
事件後も日本は平和利用を掲げて原子力研究・発電を進め、全研究を禁止していない。1955年には原子力基本法が成立した。
④「事件は国内でほとんど報道されなかった」
❌ 誤り。
第五福竜丸の被曝と乗組員久保山愛吉の死は広く報道され、放射能への不安と反核世論を高めた。報道されなかったという説明は運動拡大と矛盾する。
覚えるポイント
- 第五福竜丸事件は1954年、ビキニ環礁の米水爆実験で被曝
- 杉並の主婦らの署名運動から原水爆禁止運動が全国化
- 第1回原水爆禁止世界大会は1955年、広島で開催
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。