RS-D2-03歴史総合・世界史探究 対策問題

歴史総合D グローバル化と私たち(2) 冷戦と世界経済

ベトナム戦争が日本、特に沖縄に与えた影響として最も適切なものはどれか。

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正解: 1

正解

アメリカ施政権下の沖縄の基地から米軍が出撃し、祖国復帰運動が高まった

この問題のポイント

ベトナム戦争と沖縄の関係を問う問題。米施政権下の沖縄の基地からの出撃が祖国復帰運動を高めた、という戦争と日本社会のつながりで解ける。

解説

サンフランシスコ平和条約(1951年)で日本は独立を回復したが、沖縄はアメリカの施政権下に置かれ続けた。土地は強制接収され、広大な米軍基地が築かれた。
1965年にアメリカがベトナム戦争への本格介入(北爆開始)に踏み切ると、沖縄の嘉手納基地などはB52爆撃機の出撃・補給拠点となった。「基地の島」が戦争に直結している現実は、住民の不安と反戦感情を高め、日本本土への祖国復帰運動が一層高揚した。
佐藤栄作内閣は「核抜き・本土並み」を掲げて交渉し、1971年の沖縄返還協定を経て1972年5月、沖縄の日本復帰が実現する。
しかし在日米軍専用施設の約7割が沖縄に集中する状態は続き、基地問題は現在に至る課題である。ベトナム反戦運動と復帰運動の結び付きが、この問題の核心である。

ひっかけポイント
返還(1972年)まで沖縄は日本の施政権外だった点が前提。「自衛隊がベトナムで戦闘」は事実無根で、返還後も基地が残った点を消した選択肢も誤り。

選択肢の確認

①「アメリカ施政権下の沖縄の基地から米軍が出撃し、祖国復帰運動が高まった」
正しい。
ベトナム戦争中、アメリカ統治下の沖縄は米軍の出撃・補給拠点となり、基地負担と戦争への不安が復帰運動を強めた。1972年に施政権は返還されたが、多くの基地は残った。

②「日本は自衛隊を派遣してベトナムで戦闘に参加した」
誤り。
日本政府は自衛隊をベトナムの戦闘へ派遣していない。日本との関係は沖縄などの米軍基地利用や特需といった間接的関与であり、戦闘参加と区別する必要がある。

③「沖縄の米軍基地はベトナム戦争と無関係だった」
誤り。
嘉手納基地など沖縄の基地は爆撃機の出撃・補給拠点として戦争と密接に関わった。「無関係」は沖縄が「悪魔の島」と呼ばれた基地機能を否定している。

④「ベトナム戦争を機に沖縄の基地はすべて撤去された」
誤り。
1972年の沖縄返還後も米軍基地は存続し、すべて撤去されたわけではない。ベトナム戦争を契機に基地問題が可視化されたことと、撤去完了を混同している。

覚えるポイント

  • 沖縄は1972年5月に日本復帰(佐藤栄作内閣)
  • ベトナム戦争で沖縄は米軍の出撃・補給拠点
  • 復帰後も米軍専用施設の約7割が沖縄に集中

共通テスト攻略

  • 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
  • 因果の向きを確認:時期が近いだけで結び付けず、「原因→政策・行動→結果」の順に置き、主体と目的がつながるかを確かめる。
  • 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。

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