RS3-043|歴史総合・世界史探究 対策問題
1960年に「所得倍増」を掲げて高度経済成長を推進した内閣はどれか。
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正解: 1
正解
池田勇人内閣
この問題のポイント
高度経済成長期の内閣と政策の対応を問う問題。「所得倍増」のスローガンは池田勇人内閣(1960年)のものである。
解説
1960年、岸信介内閣は日米安全保障条約の改定(新安保条約)を衆議院で強行採決した。これに対し、国会を数十万人のデモ隊が取り囲む安保闘争が起こり、岸内閣は条約の自然成立後に退陣した。
後を継いだ池田勇人内閣は、「寛容と忍耐」を唱えて安保闘争で深まった政治的対立を避け、国民の関心を経済に向ける路線をとった。その象徴が1960年に閣議決定された国民所得倍増計画である。10年間で国民所得を2倍にするという目標を掲げ、社会資本の整備や産業構造の高度化を進めた。
実際の経済は年平均10パーセント前後の成長を続け、国民所得は目標より早く倍増を達成した。この時期、東京オリンピック(1964年)や東海道新幹線の開業など、高度経済成長を象徴する出来事が続いた。
内閣と看板政策の対応、すなわち「岸=安保改定」「池田=所得倍増」「佐藤=沖縄返還」の3点セットは、正誤・整序問題の最頻出パターンである。
ひっかけポイント
安保闘争(岸内閣退陣)→所得倍増(池田内閣)の順序と担当内閣の入れ替えが定番。田中角栄の「日本列島改造論」(1972年)とスローガンを混同しないこと。
選択肢の確認
①「池田勇人内閣」
✅ 正しい。
池田勇人内閣は1960年に国民所得倍増計画を掲げ、経済成長・雇用拡大・生活水準向上を進めた。安保闘争後に経済重視へ政治課題を転換した。
②「吉田茂内閣」
❌ 誤り。
吉田茂内閣は占領期・独立回復期に経済復興と講和を進めた。1960年の所得倍増計画を掲げた内閣ではない。
③「岸信介内閣」
❌ 誤り。
岸信介内閣は1960年の日米安全保障条約改定を進め、安保闘争後に総辞職した。後継の池田内閣が所得倍増を掲げた。
④「田中角栄内閣」
❌ 誤り。
田中角栄内閣は1972年に日本列島改造論を掲げた。所得倍増計画より12年後の開発政策である。
覚えるポイント
- 池田勇人内閣は1960年に国民所得倍増計画を決定
- スローガンは「寛容と忍耐」、前任の岸は安保改定で退陣
- 岸=安保、池田=所得倍増、佐藤=沖縄返還の対応
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。