WT7-C11|歴史総合・世界史探究 対策問題
1975年に欧州35カ国が調印したヘルシンキ宣言の内容として最も適切なものはどれか。
解答・解説を見る
正解: 1
正解
主権尊重・国境の不可侵とともに人権の尊重を約束した
この問題のポイント
ヘルシンキ宣言の内容を問う問題。主権尊重・国境不可侵とともに人権尊重を約束した点がポイント。
解説
1970年代、米ソの緊張緩和(デタント)が進み、その頂点として1975年、欧州35カ国が参加する全欧安全保障協力会議がヘルシンキで開かれた。
採択されたヘルシンキ宣言は、主権尊重・国境の不可侵(戦後の国境の追認、ソ連側の狙い)とともに、人権と基本的自由の尊重(西側の要求)を東西共通の約束として盛り込んだ。
注目すべきは人権条項のその後である。東側の反体制運動、たとえばチェコスロヴァキアの憲章77は、自国政府も署名したこの人権条項を拠り所に活動した。
東側が受け入れた人権の約束が、体制を内側から掘り崩す武器になった。この逆説が世界史探究らしい核心論点である。
ひっかけポイント
宣言は再軍備やドイツ統一を定めたものではない。「東側が署名した人権条項が、のちの民主化運動の根拠になった」という逆説的な影響が問われどころ。
選択肢の確認
①「主権尊重・国境の不可侵とともに人権の尊重を約束した」
✅ 正しい。
正解。1975年のヘルシンキ宣言は、主権尊重や国境の不可侵とともに人権と基本的自由の尊重を東西共通の約束とした。
②「ヨーロッパの再軍備を宣言した」
❌ 誤り。
宣言はデタントの頂点として安全保障と協力をうたったものであり、再軍備の宣言ではない。
③「東西ドイツの即時統一を定めた」
❌ 誤り。
東西ドイツの統一が実現するのは1990年であり、宣言はむしろ現状の国境の尊重を確認するものであった。
④「共産主義の放棄を東側に義務づけた」
❌ 誤り。
宣言は体制の違いを前提に協力をうたったものであり、共産主義の放棄を義務づけてはいない。
覚えるポイント
- ヘルシンキ宣言は1975年、欧州35カ国が調印
- 内容は主権尊重・国境不可侵・人権尊重
- 人権条項が憲章77など反体制運動の拠り所に
共通テスト攻略
- 知識を関係で再現:用語を単独で思い出すだけでなく、「いつ・誰が・何のために・何を行い・何が変わったか」を一続きにして選択肢と照合する。
- 消去の軸を固定:各選択肢を「時期・主体・目的・内容・結果」に分け、一か所でも歴史的対応がずれるものを消す。語句が一部合うだけで選ばない。